著者
大越 桂
出版者
日本重症心身障害学会
雑誌
日本重症心身障害学会誌 (ISSN:13431439)
巻号頁・発行日
vol.42, no.2, pp.127-128, 2017

心が見える突破口 双胎第二子、819グラムの超未熟児で誕生した私は、重度脳性まひとともに現在28歳になった。一人では何もできなくても多くの人に支えられて今日を生きている。山積する課題の中にあっても、未来の希望やよいことを確信できることこそが私にとっての「幸せ」である。ここにいていい、と確かに許されている実感に包まれている。 全介助の重い障害者という私と、自由気ままな内面にいる私。独立した二人の私を生きてきた。二人が互いの距離に耐え切れなくなったとき筆談に出会った。外界に伝えたい内面の私を一言ずつ伝えながら、私は海の底の石から等身大の人間になっていった。 どの一日も常にそこにいる人に向かって「心をみて」、と叫び続けた。全身全霊で表現することだけは諦めなかった。私を人として関わる人といるときだけは、確かに人になれることを知っていたからである。 ここに至る忘れられない突破口が5つある。(その1・6歳) ハムストリング手術のために1年間入院した。初めて両親と離れる生活で、障害がある子どもがこんなに多くいることを知った。同時に、私の障害が一番重いことも知った。自力移動し、片言でも会話ができる子どもの要求は率先してくみ取られた。私は常に待ち続けた。一番最後でも、必ず関わってくれる人がいることも知った。 友だちの会話は面白くてたまらなかった。もっと聞きたくて、統制のない首を思わず持ちあげて見ようとした一瞬を、面会にきた母が見逃さず言った。「この子、わかっているのかもしれないよ。」(←そうなんだってば。気づくの遅すぎ・・心の声)(その2・7歳) コミュニケーション支援機器を利用して、スイッチで初めて「おかあさん」と呼んだ。自分の言葉を自分のタイミングで伝えることが私にもできるのだと知った。母は感動して泣いた。(←弟に先を越されたけど、私だって呼べた。嬉しくて泣いた)(その3・11歳) 伝えたいことが伝わらないストレスで嘔吐発作を起こすようになった。肺炎を繰り返して呼吸器を装着していたとき、スタッフの足音が聞こえるだけで不安になり心拍アラームが鳴った。服薬で眠っているように見えても実は起きているのかもしれないと母が気づいた。希望を聞いてもらえるようになり、好きな音楽やケアの要望をアラーム音と心拍数で伝えられるようになった。 (←本当に眠いとき話しかけられるとやかましい)(その4・13歳) 気管切開で失声した。通信手段がなくなり困惑した。支援学校の訪問教育で筆談を教わる。初めて文字を書いたとき、体中の細胞が口から飛び出すかと思うほど歓喜した。死んでもやり遂げると強く誓った。(←後に危篤のときに勝手にお別れを言われて怒りで峠を越えたことを伝えて溜飲を下げた)(その5・14歳) 常に介護で共に過ごす母と大喧嘩をした。それまでの恨みつらみをぶちまけてやっと対等になれた。初めて本当に呼吸が楽になった。(←母子の喧嘩は遠慮がない分壮絶) 詩を通して、多くの人と出会った。アーチストの表現と詩のコラボレーションは、想像もできない美しい世界を作り出す。表現する人も受け取る人もともに一度しかない今を共有し、いのちの存在を実感する至福のときを体験する。詩と触れた人々が行間に生み出す人間性に引かれる。美しいものを味わい、感動する心は当たり前のようで当たり前ではない。どの表現もすべての人が精一杯生きるいのちの表現として行っている。それらを感じ取るたびに共鳴する。自分自身が昨日よりも今日、ひとつ豊かになろうとする生命力でいっぱいになる。 誕生後10カ月の告知のとき。両親が聞いたという青年医師の言葉だ。 「この白い線は白質といって命令を伝える神経の道です。今は細くてよく見えませんが、刺激を与え続ければ、もしかしたら道が太くなるかもしれませんよ。」 『かもしれない』この一言がすべての始まりだった。 そうして、今日の私は幸せになった。略歴1989年、仙台市生まれ。819グラムの未熟児で誕生し、重度脳性まひ、未熟児網膜症による弱視など重度重複障害児として過ごす。9歳頃より周期性嘔吐症を併発し障害の重度化により要医療管理になる。13歳で気管切開により失声。筆談によるコミュニケーションを開始。2004年「第4回One by Oneアワード/キッズ個人賞」(日本アムウェイ主催)を受賞。詩と切り絵のコラボ展「みえない手」(2017)などのコラボ活動多数。2011年「花の冠」が野田佳彦総理大臣の所信表明演説に引用される。ブログ「積乱雲」http://plaza.rakuten.co.jp/678901/詩集 「花の冠」朝日新聞出版)「海の石」光文社(2012)、「あしたの私は幸せになる」ぱるす出版(2016)

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