著者
中村 美知夫
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.35, pp.35, 2019

<p>チンパンジーのメス同士の挨拶交渉について,タンザニア,マハレのデータを元に概観する。一般に,野生チンパンジーのメス同士は没交渉的で「非社会的」とすら言われてきた。こうしたステレオタイプなイメージはこの10年ほどの間に変わりつつあるが,それでもメス同士の社会交渉についてはオス同士やオスメス間の交渉に比べて圧倒的に情報が少ない。チンパンジーの「挨拶」と呼ばれるものの典型例はパント・グラントという音声である。パント・グラントは,劣位者が優位者に発すると考えられており,実際,オス間ではパント・グラントを用いて線形的な優劣序列が決められることが多い。メス間でもパント・グラントはおこなわれるものの,その頻度が低いため,パント・グラントだけでオス間のような線形的な優劣序列が確認できることは稀である。マハレで1994年から2018年にかけて断続的に収集したメス同士の挨拶データを分析した。出会ったりすれ違ったりする際に,明示的な交渉(音声を発する,触れる等)が生じたものを広く「挨拶」と捉えた。これらの挨拶には,挨拶をする者とされる者の方向性が明確なものに加えて,双方向的なものも含まれる。3700時間あまりの観察で405回の挨拶が観察され,うち242回ではパント・グラント等の音声が発せられた。ざっと計算すると100時間あたり10.9回の挨拶,6.5回のパント・グラントということになる。実際にはメス同士が出会っても「何も挨拶しない」ことがほとんどなのである。挨拶が生じる場合は,大まかには年少のメスから年長のメスに向けられることが多かったが,中年以上のメス同士で一定の方向性があるかどうかは微妙である。チンパンジーの「挨拶」と「優劣」はしばしば同義のものとして扱われるが,メス間の挨拶データからその妥当性について検討する。</p>

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