- 著者
-
矢守 克也
- 出版者
- 日本質的心理学会
- 雑誌
- 質的心理学研究
- 巻号頁・発行日
- vol.2, no.1, pp.29-55, 2003
本研究は,4 人の震災被災者――庄野さん,浅井さん,長谷川さん,市原さん――が,阪神・淡路大震災の体験を語り継ぐための語り部活動(「語り部グループ117」)において,小中学生を対象に展開した語りを分析したものである。分析にあたっては,語りの「内容」よりも,むしろ,語りの「様式」に注目し,かつ,語り手個人の心理的特性よりも,むしろ,語りをめぐる集合性の動態に焦点をあてた。この際,個々の語りの「様式」を規定する存在として〈バイ・プレーヤー〉なる分析概念を提起した。その結果,4 人の語り手は同じ震災体験を語っているが,その様式がまったく異なっていることが見いだされた。具体的には,庄野さん,および,浅井さんの語りでは,語りの内部に登場する特定の人物が〈バイ・プレーヤー〉の役割を果たし,語り手本人と〈バイ・プレーヤー〉との間で生じる視点の〈互換〉が語りの基本構造を規定していた。他方で,長谷川さんの語りでは,聞き手が〈バイ・プレーヤー〉の役割を果たし,市原さんの語りでは,「神戸の街」という集合体全体が〈バイ・プレーヤー〉となっていた。同時に,4 つの語りとも,仮定法の話法によって視点の〈互換〉が聞き手へと展開していた。さらに,〈バイ・プレーヤー〉のあり方にあらわれた語りの「様式」のちがいが,各人のライフストーリーの構成様式のちがい,ひいては,生活世界の再構造化に見られるちがいを反映していること,および,語り手のみならず,聞き手や語りの対象となる人物,事物などをも包含する語りをめぐる集合性の動態分析を通じて,語りの固有性へのアプローチが可能となることを示唆した。