著者
安田 裕子 荒川 歩 髙田 沙織 木戸 彩恵 サトウ タツヤ
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.181-203, 2008 (Released:2020-07-06)

中絶を選択した女性は,生命の喪失や,社会的に容認されないというスティグマに苦しむ。そのために,自らの経験や気持ちを誰かに語ることが困難であり,孤独のうちに悲嘆のプロセスを辿る人が多い。本稿では,20 歳前後の未婚の時期に中絶を経験し,中絶手術後 2 年以上経過した女性 3 名を対象にインタビューを行い,その経験を聴きとった。そして,中絶を選択する未婚の若年女性が何に迷い苦しんでいるのかを,その経験の固有の意味を含めて,周囲の人々が理解できるように,描き出すことを目指した。分析枠組みとしては,複線径路・等至性モデル(TEM)を用いた。妊娠していることに気づき,医師の診断を受け,中絶手術をし,現在に至るまでの時間経過のなかで,社会的制約やパートナーなどの周囲の人々の影響をうけつつ変化する,中絶経験の多様性を捉えた。彼女たちは,パートナーの辛さに配慮し,また中絶したことによる罪悪感に苛まれ,それゆえ周囲の人々に話すことができず,実質的・精神的な支えを得られにくい辛い状態であった。また,中絶をすることで,元の状態に戻ることを望んでいる人もいた。しかし,時間が経過した後,彼女たちは,妊娠と中絶を,自分の人生における大事な経験として受け容れようと変化していた。
著者
石田 喜美
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.20, no.Special, pp.S9-S15, 2021 (Released:2021-12-15)

本稿では,変化しつつある現代日本の図書館と,司書・図書館関係者の姿について現場報告を行う。本稿では特に, アナログからデジタルへとその重点を移行させつつある世界的動向の中,図書館界において注目されている2つのキーワード─「ネットワーク」と「創造性」─に着目し,日本のローカリティにおけるこれらの現れを描出することをねらいとした。はじめに,日本十進分類法擬人化普及委員会や「としょけっと」を例に,公的なネットワークとは異なる場で生起しつつある,新たな草の根的ネットワークの存在を示した。次に,未知なる状況を創り出す「ゲーム」という媒体に着目し,それを調査ツールとして用いた実践での司書・図書館関係者のゲームプレイ上の会話の記述から,そこに見られる創造性の姿を記述した。最後に,司書・図書館関係者が彼らの草の根的ネットワークの中で行う創作活動とゲームプレイ中に見られた創造性とがグラデュエーション状に位置すること,そのどちらもが既存のリソースや環境への応答として生み出されていることを指摘した。その上で,エンゲストロームが提起した「菌根」の概念を援用し,司書・図書館関係者のネットワークや創造性が図書館内外に繁殖する「菌根」に根ざしたものであると考察した。
著者
宮内 洋
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.28-48, 2004 (Released:2020-07-05)

小型化・軽量化・低価格化・操作単純化されていくことによって,小型ビデオカメラ等の録音・録画機器が普及し,私たちのフィールドワークも様変わりしてきた。フィールドにおける記録は,以前よりも簡便に可能となったように見える。このことによって,フィールドにおける場面の微細な分析も可能になるなど,私たちのフィールドワークの精度も高まったかもしれない。しかし,一方で,〈出来事〉の説明の複雑化ももたらしたようにも見える。「羅生門問題」とは目撃者の人数分の状況説明の出現という事態を表象したものであるが,記録された音声と映像の入手は,一人の個人においても複数の状況説明が現れるという事態を創出したのではないだろうか。本稿は,ある幼稚園におけるフィールドワークで直面した幼児同士の「トラブル」の分析によって現れた,小型ビデオカメラが普及した現代におけるフィールドワークに関する一つの問題提起である。いわば,記録された音声と映像を手にすることによって,自らの中に「藪の中」を抱え込んでしまったフィールドワーカーを狂言回しとする,一つのフィールドワーク論である。
著者
小泉 千尋
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.161-175, 2019 (Released:2021-04-12)

近年,科学技術を巡って専門家と市民の対話の重要性が高まっている。本研究は,そうした対話の場の一つであるサイエンスカフェをフィールドとし,話題提供者と呼ばれる専門家が一般参加者の「科学知では答えられない/答えにくい問い」にどのように対処するのかを検討した。その結果,話題提供者は科学知において答えられる範囲については科学知フレームで応答し,答えられない/答えにくい範囲については社会的議論フレームへと移行した。ところが,社会的議論フレームへの移行が参加者とのコンフリクトを生じさせると,ファシリテーターの介入を契機として,個人見解フレームへと移行していた。こうした話題提供者のフレームシフトは,参加者との対立を回避し,コミュニケーションを継続するためのストラテジーであるといえる。この結果から,話題提供者がフレームシフトを用いて自らのメンバーシップを「話題提供者」から「一参加者」としてその場に参加していた可能性を示唆した。
著者
妹尾 麻美 三品 拓人 安田 裕子
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.20, no.Special, pp.S140-S147, 2021 (Released:2022-04-28)

本研究では,予期せぬ妊娠を経験した女性が子どもを「産む」と決めた事例を,キャロル・ギリガンの議論から示唆を受けたケアの倫理を用いて,分析・考察する。これまでの研究は女性の「産まない」決定に焦点を当ててきたが,「産む」決定について十分には論じてこなかった。そこで,いばらきコホート調査による妊娠女性 48人への聞き取り調査のうち,「産む」決定について語られた 1 人の女性に焦点を当てる。女性は不安や苦悩を抱えながらも,身近な他者と話しあい,ときに拒絶もありつつ交渉し「産む」ことを決める。このプロセスのなかで, 女性は自分のこと,周囲の他者のことを考え,自他に配慮しながら責任を引き受けていた。それに対し,周囲の他者も女性の声に応答・配慮しており,ここにはケアの応酬が見られた。本研究では,女性とその周囲のケアの実践によって「産む」ことに対する不安を解消し,それを引き受けていくプロセスを示した。この結論から,互いへの配慮を基盤とする場の形成を促す必要が示唆される。
著者
やまだ ようこ 木戸 彩恵
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.7-24, 2017 (Released:2020-07-10)

「かわいい」という感性は,現在では日本だけではなく国際的に注目されるようになったが,直感で感じるものなので概念で説明することは難しい。本研究では日常生活の実感から出発してボトムアップにモデル化し,学問的に説明するメディアミックスの質的研究方法論として,「異種むすび法」をデザインした。この方法は,「ビジュアル・ナラティヴ」「異種雑居」「両行」「異種むすび」という4つのコンセプトと,それらを実践する「はなれ」「かさね」「うつし」「ずらし」「むすび」5つのアクションからなる。「異種むすび法」を用いて,「かわいい」と集められた92個の同一画像データを,3人の分析者が両行(併行)して「ビジュアル」と「言語」を往還して3つの図解をつくった。3つの図解を「ずれのあるかさね」によって,「かわいい」画像の共通特徴をとりだした。「顔と表情」「丸く柔らかい」「しぐさと動作」「雰囲気と空間配置」などの共通性をまとめて「超かわいい」シミュレーション画像モデルを作成した。さらに分析者の観点の多様性やずれに着目して,「似たものが並ぶ」「つつまれた入れ子」など,今後の理論的問いへと発展する新しい視点を見いだした。
著者
日高 直保
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.51-62, 2021 (Released:2021-04-12)

近年日本では,AYA世代のがんサバイバーに対する注目が高まっている。AYA 世代のがんサバイバーは,医療的問題だけでなく教育や就労など社会的問題にも直面しており,がんサバイバーの視点をふまえた問題理解が望まれている。そこで本研究では,AYA 世代のがんサバイバーである K さんを対象としたインタビューを行い,個別性を尊重した情報を得ることを目指した。具体的には,インタビューを通じて得られたデータをライフヒストリー法によって再構成し,Kさんの経験を記述した。また,記述した経験をもとに,K さんのレジリエンスについて考察した。分析を通じ,入院生活を送る中で生命や自立性を脅かされる状況に直面し,恐怖や葛藤を感じながら,他者と関係する中で自立を目指す K さんの姿が描き出された。また,K さんのレジリエンスとして,家族や看護師,友人といった周囲の人々からの関わり,経験に肯定的な意味を見出す力,そして出来事に潜む肯定的な可能性を具現化する力の存在が挙げられた。
著者
勝田 聡
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.135-152, 2017 (Released:2020-07-10)

本研究は,日本の性犯罪者が性犯罪に至る過程を具体的に明らかにすることを目的とした。そのために,保護観察付執行猶予の判決を受け,または仮釈放された33人の保護観察中の性犯罪者が,性犯罪に関する専門的処遇プログラムにおいて記入したワークシートの自由記載と発言の内容を,グラウンデッド・セオリーの方法を参考にして,質的に分析した。分析の結果,15のカテゴリからなるモデルが見いだされた。そのモデルには,性犯罪者の生活上のつまずきや認知的要因といった,性犯罪に至る鍵となる要因が含まれていた。本研究の結果,このつまずきが重大なライフイベントであることが少なくなく,複数のつまずきが重なることが希ではないことが見いだされた。さらに,本研究の結果から,つまずきから,つまずきへの対処,不安定な心理状態,つまずきへのネガティブな捉え方のサイクルが誘発され,その後の認知的要因に結びついていることが明らかとなった。加えて,本研究の結果を踏まえ,性犯罪者のアセスメントと処遇の実践上の示唆について論じた。
著者
向 晃佑
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.159-170, 2016 (Released:2020-07-10)
被引用文献数
2

イップスは競技中必要な動作が練習場面においても上手くいかなくなるという点であがりやスランプと異なる特有の状態であり,このことが原因で競技を辞めている選手が多く存在している。本稿ではイップス状態に陥る前からイップス状態から抜け出すまでの過程に着目し,複数の体験を比較し,その心理的プロセスを類型化することを目的とした。野球における送球イップスの経験のある7名の男性の調査協力者を対象に半構造化面接を行い,複線径路・等至性モデル(TEM)を用いて分析を行った。結果として,イップスの症状は「限定的な場面で暴投が続く段階」と「送球全般で暴投が続く段階」の2段階に分けられた。またイップス経験者は「暴投の原因を精神的なものと思う」という経験をしていた。この経験は暴投の原因が技術的なものか精神的なものかという葛藤の苦しみを軽減する一方で,暴投を繰り返す悪循環を強化するような経験であることが示された。イップス状態から抜け出す過程においては,できる送球を繰り返し成功体験を積み重ねていく,時間的な間を置くといった送球に対する捉え方が変化するような経験の有効性,また周囲の理解が早期克服につながることが示された。
著者
菅野 幸恵 北上田 源 実川 悠太 伊藤 哲司 やまだ ようこ
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.6-24, 2009 (Released:2020-07-07)

本論文は,奈良女子大学で行われた日本質的心理学会第 4 回大会におけるシンポジウムの内容を収録したものである。北上田氏は,沖縄での平和ガイドの実践経験から,非体験者が過去の出来事とどのように出会うのかという体験の創出を重視した,伝えながら共に学ぶガイドのあり方について述べた。実川氏は,水俣展を開催した経験から,自由に足を運びやすい展覧会という場の可能性,聞く側の準備の必要性について述べた。ふたりの話題提供に対して,質的心理学の立場から,伊藤哲司氏,やまだようこ氏がコメントを行った。伊藤氏はベトナムやタイでのフィールドワークの経験から,あえて語らないことの意味についてコメントした。やまだ氏はナラティヴの立場から,2 氏の実践のあり方と語り手と聞き手の関係をむすぶメディエーターの役割を重視した協働の学びのトライアングルモデルとの関連について述べた。最後に,“語り継ぐ”ことについて,双方向性,メディエーターを通した個別の体験のむすび,語らないことの意味から考察した。
著者
川喜田 二郎 松沢 哲郎 やまだ ようこ
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.2, no.1, pp.6-28, 2003 (Released:2020-07-05)

フィールド科学と質的方法論の開拓者であるKJ 法創始者の川喜田二郎さん(1920- )にインタビューをし,現場の語り口を生かして要点をまとめた。KJ 法の発想の原点には,今西学派の特徴である未知への冒険精神と,生きた世界に実践的に関与しながら認識するという根本姿勢があった。方法論の基本的特徴には,次の6 点があげられた。1)現場取材と創造的総合の二つからなるフィールド科学。2)ありのままのデータからボトムアップで認識する方法論。3)フィールドノートではなくカード記述によって自由で多様な組み合せの可能性。4)意味を重視した文章見出しの多段階使用。5)雑多なデータを図解化によって統合。6)図解化と言語化による提示と衆目評価による合意形成。
著者
河野 麻沙美
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.25-40, 2007 (Released:2020-07-06)

本研究は,教室談話を通した課題解決学習を進める算数授業を対象に,児童の理解過程を検討したものである。教師が提供した学習を支援するための数学ツールではなく,教室談話を通して,子どもたちが作り上げた独自の絵図が互いの学習を支援し,理解深化を促した事例に即して,教室における知識構築の過程を分析した。絵図の生成過程における,教室談話と図の使用から捉えられた理解過程を検討し,数学ツール理解の様相と比較すると,図の表象が果たす役割に違いがみられた。学習を支援するはずの数学ツールは,子どもたちの理解を表象する図とはならず,絵図は,子どもたちの知識や思考スタイルの集大成となっており,さらに概念を可視化する数学的表象としての役割と,場面を表象する具体性を持ち合わせていた。Cobb らの数学理解を支援する活動の性質を捉えた「立ち戻り」概念にある共有・再共有の過程は,概念を可視化し,場面を表象するこどもたちの絵図がイメージとして機能し,また,くり返し立ち戻る過程で,子どもたちが様々な表現を用いて説明することで,子どもたちによる足場組みがなされ,子どもたちの理解深化が支えられていたことが分かった。
著者
鈴木 智之 池尻 良平 池田 めぐみ 山内 祐平
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.7-31, 2021 (Released:2021-04-12)

本研究は,職場での若年労働者のパーソナリティを通した人物理解という社会課題に立脚し,広範なパーソナ リティに関するビッグファイブ研究の理論的蓄積を踏まえて,職場での活躍と伸び悩みというコンテキストにお ける若年労働者のパーソナリティ特性表現を探索するものである。具体的には,以下の二つのリサーチクエスチョ ンへの検討を目的にした。第一に,若年労働者において,5 因子の構造が得られるか,というものであり,これ を共通性の確認とした。第二に,若年労働者のパーソナリティ特性を記述する上で,5 因子に追加すべき項目は 何か,というもので,これを独自性の探索とした。方法として,日本国内大手民間企業 6 社に所属する 22 名への インタビューを行った。結果として,249 個のパーソナリティ特性表現を抽出した。代表的な尺度と比較を行っ た結果,TIPI– J に 104 個,主要 5 因子性格検査に 139 個,FFPQ– 50 に 119 個,BFS に 144 個,日本版 NEO–PI–Rに 151 個該当し,5 因子全てへの該当が見られ,共通性が確認された。それらの既存尺度には含まれないパーソナリティ特性表現が 69 個見られ,独自性が存在することが確認された。以上から,上述のコンテキストにおける 若年労働者のパーソナリティ理解について,ビッグファイブの既存尺度だけでなく,独自性を含めた概念が必要 であることを示唆した。
著者
綾城 初穂
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.62-81, 2014

先行研究では,日本人キリスト教徒が「宗教」を語る際に,複数のポジション(ディスコース上の立ち位置)から「宗教」について矛盾した語りを行っていたことが見出されている。本研究では,この矛盾した語りに伴う葛藤に彼らがどのように対処しているのかを,ポジショニング理論によって検討することを目的とした。分析の結果,語りの時間的性質によってポジション間の矛盾を無化していることが見出された。また,個人的ポジショニングという「個人」を強調する発話行為によって,語り手が日本社会の「宗教」ディスコースのモラルオーダー(ポジションに付随するルール)に対処していることも見出された。個人的ポジショニングの検討から,この発話行為が語り手の固有性を指示することでモラルオーダーの効力の及ばない「聖域」を作り出すことが指摘された。現代社会において個人は,多様な文脈と単一の固有性とを同時に課せられている。それゆえ,多様なポジションが生じる語りの中で固有性を指示する発話行為として「個人」を捉えることは,現代社会の「個」の在り方を検討する上で有益と言えるだろう。
著者
宮前 良平 置塩 ひかる 王 文潔 佐々木 美和 大門 大朗 稲場 圭信 渥美 公秀
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.73-90, 2022 (Released:2022-04-01)

エスノグラフィは長らく単独の調査者によって書かれてきた。本稿では,それに対して,地震の救急救援期にお けるチームエスノグラフィの事例をもとに,チームとしてエスノグラフィを行うことの方法論的可能性を論じる。 まず,チームエスノグラフィには,超克しなくてならない問題として羅生門問題と共同研究問題があることを確 認する。次に,既存のチームエスノグラフィにおけるチームには3 つの形態があることを整理し,本稿ではその 中でも同じタイミングで同じ対象を観察する,あるいは同じタイミングで異なる対象を観察した事例を扱うこと を述べる。具体的には,熊本地震の際にあらかじめチームを結成してから現地で活動を展開していった過程をエ スノグラフィとして記述していく。最後に,これらの事例をもとに,チームエスノグラフィには①新たな「語り」 を聞きに行く原動力となること②現場で自明となっている前提に気づくことで新たな問いを立てること③「調査 者-対象者」という非対称性を切り崩す可能性があること④現場に新たな規範を持ち込むことで現場の変革をも たらすことの4 点について議論した。
著者
やまだ ようこ
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.174-194, 2007 (Released:2020-07-06)

質的研究の新たな方法論として「質的研究の対話的モデル構成法(MDMC)」を提案し,その前提となる理論的枠組モデルを構成し,次の 3 つの観点から考察した。1)多重の現実世界と対話的モデル構成:現実世界は一つではなく,多重の複数世界からなり,研究目的によってどのような世界にアプローチするかが異なる。対話的モデル構成がアプローチする世界は,「可能的経験世界」と位置づけられる。他の「実在的経験世界」「可能的超越論世界」「現実的超越論世界」との対話的相互作用が必要である。2)多重のナラティヴのあいだを往還する対話:ナラティヴ研究者がアプローチする現 場 フィールドとナラティヴの質の差異も多重化すべきである。そこでナラティヴの現場を「実在レベル:当事者の人生の現場」「相互行為レベル:当事者と研究者の相互行為の現場」「テクスト・レベル:研究者によるテクスト行為の現場」「モデル・レベル:研究者によるモデル構成の現場」に分けて,それらを対話的に往還する図式モデルを構成した。3)「ナラティヴ・テクスト」と「対話的省察性」概念:対話的モデル構成において根幹となる二つの概念について,研究者がテクストと対話的に「語る」「読む」「書く」「省察する」行為と関連づけて考察した。テクストは,文脈のなかに埋め込まれていながら,相対的に文脈から「はなれる」(脱文脈化・距離化)ことによって,新しい「むすび」をつくり,物語の生成を可能にする。
著者
横山 草介
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.205-225, 2018 (Released:2021-04-12)

本論の目的は,ブルーナーの「意味の行為」論本来の探求の射程を明らかにすることにある。ナラティヴ心理学 の展開におけるブルーナー受容においては,「意味の行為」は専ら物語を介して対象を「意味づける行為」とし て理解されてきた。だが,彼が本来の主張として訴えたのは,人間の意味生成の原理と,その機能の解明という主 題であった。これまでのブルーナー受容は,この論点を不問に処してきた傾向がある。これに対し我々は,ブルー ナーの「意味の行為」論本来の主題の解明に取り組んだ。我々の結論は次の通りである。ブルーナーの主張した 「意味の行為」とは,前提や常識,通例性の破綻として定義される混乱の発生に相対した精神が,その破綻を修復し, 平静を取り戻そうとする「混乱と修復のダイナミズム」の過程として理解することができる。この過程は,何ら かの混乱の発生に伴って生じた,今,この時点においては理解し難い出来事が,いずれ何らかの意味を獲得するこ とによって理解可能になるような「可能性の脈絡希求の行為」として定義することができる。最後に我々は,ブ ルーナーの「意味の行為」論は,心理学の探求による公共的な平和の達成という思想的展望を有することを指摘 した。この展望は特定の文化的脈絡の中で生きる我々が,他者と共に平穏な生活を営んでいくために精神が果た し得るその機能は何か,という問いと結びつくものであることが明らかとなった。
著者
矢守 克也
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究
巻号頁・発行日
vol.2, no.1, pp.29-55, 2003

本研究は,4 人の震災被災者――庄野さん,浅井さん,長谷川さん,市原さん――が,阪神・淡路大震災の体験を語り継ぐための語り部活動(「語り部グループ117」)において,小中学生を対象に展開した語りを分析したものである。分析にあたっては,語りの「内容」よりも,むしろ,語りの「様式」に注目し,かつ,語り手個人の心理的特性よりも,むしろ,語りをめぐる集合性の動態に焦点をあてた。この際,個々の語りの「様式」を規定する存在として〈バイ・プレーヤー〉なる分析概念を提起した。その結果,4 人の語り手は同じ震災体験を語っているが,その様式がまったく異なっていることが見いだされた。具体的には,庄野さん,および,浅井さんの語りでは,語りの内部に登場する特定の人物が〈バイ・プレーヤー〉の役割を果たし,語り手本人と〈バイ・プレーヤー〉との間で生じる視点の〈互換〉が語りの基本構造を規定していた。他方で,長谷川さんの語りでは,聞き手が〈バイ・プレーヤー〉の役割を果たし,市原さんの語りでは,「神戸の街」という集合体全体が〈バイ・プレーヤー〉となっていた。同時に,4 つの語りとも,仮定法の話法によって視点の〈互換〉が聞き手へと展開していた。さらに,〈バイ・プレーヤー〉のあり方にあらわれた語りの「様式」のちがいが,各人のライフストーリーの構成様式のちがい,ひいては,生活世界の再構造化に見られるちがいを反映していること,および,語り手のみならず,聞き手や語りの対象となる人物,事物などをも包含する語りをめぐる集合性の動態分析を通じて,語りの固有性へのアプローチが可能となることを示唆した。
著者
綾城 初穂
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.20, no.Special, pp.S2-S8, 2021 (Released:2021-10-01)

児童生徒の主体的な問題解決が求められる生徒指導において,修復的実践は有用な方法となり得る。しかし,現場では修復的な対応が行われている一方で,修復的実践という観点から実践事例が検討されることはほとんどなかった。そこで本研究では,学校現場で行われた対立解決の話し合いを修復的実践の観点から検討することを目的とした。小学生児童2 名の間の対立解決の話し合い過程を,ナラティヴセラピーの視点に基づいて作られた修復的実践である修復的対話の枠組みから検討した結果,個人を問題視せず関係に焦点を当て,各児童のストーリーを尊重し,その主体性を重視する,主として問いかけを用いた学級担任の働きかけが,関係修復をもたらしていたことが示唆された。加えて,本実践には,児童が問題解決できる範囲を見極める担任の教師としての専門性と,個人を問題視しない学校側のチーム体制の姿勢も寄与していたことが推察された。本稿が示すように,現場の実践を意味づける研究は,見えにくい有益なスキルを広く利用可能なものとする上で役に立つと考えられる。