著者
宮永 隆一朗
出版者
カルチュラル・スタディーズ学会
雑誌
年報カルチュラル・スタディーズ (ISSN:21879222)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.59-81, 2020

「彼ら彼女らは子供を作らない、つまり『生産性』がないのです」。杉田水脈議員の言葉は、狭義のLGBT に留まらず閉経後の女性など様々な理由で子供を作らない人を「生産性」の名の下に排除する。しかし、クィアな老人は、生産性の論理により二重に周縁化された存在でありながらも、クィアさと老いを対立関係に置く私たちの社会の規範的言説によって想像困難なものにされている。<br> 本稿はクィアさと老いを二項対立ではなく交差する変数としてとらえ、両者を共に排除する「生産性」の暴力に抗うクィア・エイジングの理論の意義を主張し、その理論的観点から映画『ベンジャミン・バトン』における老いの表象を批判的に検討する。ホモフォビアの言説とクィア・スタディーズは、クィアさを専ら未成熟さ・若さと描くことにより、皮肉にも共にクィアな老人を不可視化してきた。こと2000 年代後半アメリカ社会では、ベビーブーマーの高齢化により加熱するポジティヴ・エイジングのイデオロギーが、「健康な老い」を称揚する裏側で異性愛規範や強制的な健常的身体性を強化した。こうした中で制作された2008 年の『ベンジャミン・バトン』は老いを個人のアイデンティティやライフスタイルの問題に還元することでポジティヴ・エイジングのイデオロギーと共鳴する。一見ステレオタイプ的老いの表象に抗う本作は、老いへの不安を抱える中年ベビーブーマーに「老いなど存在しない」という快楽を提供すると同時に、異性愛規範や支配的な身体のイデオロギーを反復することで成立する。<br> 本稿はクィアさと老いがいかに相反する規範的言説をなし、その衝突の場であるクィアな老人の想像を困難にするか明らかにする。ストーンウォールの立役者であるベビーブーマーのLGBT が年金世代となり、生産性の名による暴力が正当化される今、私たちは生産性の論理が二重に周縁化するクィアな老人を描き、こうした暴力に抗う、クィア・エイジングの理論を開かなければならない。

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こんな論文どうですか? It's About Time――クィア・エイジング の理論へ向けて、または映画『ベンジャ ミン・バトンの数奇な人生』とポジティヴ・ エイジ(宮永 隆一朗),2020 https://t.co/FSJSoWxwex 「彼ら彼…
ちょうど『全体性と無限』はクィアも、老化=衰えも抹消しているよねということを書いていて、宮永さんのこの論文はしっかり拝読したい。 https://t.co/xHcXR1vlQd

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