- 著者
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山形 陽一
- 出版者
- 三重県水産技術センター
- 雑誌
- 三重県水産技術センター研究報告 = Bulletin of the Fisheries Research Institute of Mie/ 三重県水産技術センター [編集] (ISSN:09130012)
- 巻号頁・発行日
- no.3, pp.1-79, 1988-10
近年、ウナギ養殖の主体となっている温室での加温飼育、いわゆるハウス養鰻では、地下水資源の有効利用ならびに燃料費の節減が大きな課題となっており、用水使用量の節減をはかるとともに高密度飼育を可能にする養殖技術の開発が急がれている。このため循環濾過方式による飼育が注目されているが、ウナギの高密度飼育技術については体系的に研究された例がほとんど見当たらない。本研究は限られた水量で高密度かつ安全にウナギを飼育するための飼育技術の確立を目的として行われたものである。高密度飼育技術としての循環濾過方式の有効性を確認するために実際の養鰻池を実態調査した。さらに飼育の制限要因となりうる水質項目を明らかにし、また、ウナギの成長と収容密度との関係も求めた。さらに給餌による飼育水の汚濁についても詳細に研究した。これらの結果をふまえて、循環濾過式飼育に統一した基準を与えるため、まず濾材に砕石を用いた循環濾過式水槽の設計基準を明確にした。次に砕石より実用性の高いプラスチック濾材について心設計基準を求め、さらにこの基準が実際の養鰻池に適用できるかを実用規模で確めた結果生産性の向上が認められた。 1.養鰻における用水使用の現状 露地池および温室加温池を主体とした従来の飼育方式では、飼育池単位面積当たりの用水使用量によって収容密度が制限されるため、用水使用量が生産の制限要因になることがわかった。一方、循環濾過池ではこのような傾向はみられず、単位面積当たりの生産量は他の方式より著しく大きく、また、ウナギ1kg生産するに要した水量は著しく小さかった。これらの事実から、循環濾過方式は限られた水量で高密度にウナギを飼育するのに最も適した方法であると結論された。しかし、既存の循瑞濾過池はほとんど経験に基づいて設計されており、統一した基準は見当たらなかった。また、この飼育方式ではウナギの飼育量がある限度以上になると水質の急激な悪化が起こり、溶存酸素量、アンモニア、亜硝酸等の水質要因が飼育制限要因になることが判明した。 2.飼育制限要因 先に示した各水質要因のウナギの成長等を阻害しない限界値は、水温25℃において、溶存酸素量については4.5mg/-、アンモニアについては非解離アンモニア(NH3-N)濃度で0.1mg/-、亜硝酸についてはN02-NlO~30mg/-の間であることを確めた。硝酸についてはウナギの抵抗性が著しく高く、通常の飼育水中の濃度では慢性的な影響は少ないと推測された。 これらはいずれも単一要因について求めたものではあるが、水質を管理するうえでの有効な指標になり得ると考えられる。 収容密度の限界値は注水率(ウナギ1kg当たり単位時間当たりの注水量)によって異なった。すなわち、注水率を1.5/分/kgと十分に大きくし密度の影響のみを問題とした場合、100kg/m3の密度でも成長は十分可能であったものの、25kg/m3の密度で最も良好な飼育成績が得られたことから、適正収容密度は25kg/m3程度とみなせた。一方、通常の温室加温池での注水率(0.014/分/kg)では10kg/m3程度の密度が飼育成績を低下させない限界であった。循環濾過池では用水使用量によって収容密度が制限されることはなく、この飼育方式での収容密度の限界については密度の影響のみが問題となる。したがって、先の実験結果から、循環濾過池では25kg/m3程度の密度の飼育が望ましいといえる。 3.飼育水の汚濁 給餌に伴う飼育水の汚濁の程度は給餌24時間後のBOD、TOC、総窒素(T-N)、アンモニア態窒素(TA-N)の増加量から的確に求め得ることがわかった。約l00gのウナギに体重の2%を給餌した場合、これらの1日当たりの増加量は魚体重1kg当たり、BODで1.4g、TOCで1.6g、T-Nで0.8g、TA-Nで0.63gであった。これらの汚濁増加量の1/3は摂餌の際の散失飼料によるものであリ、散失飼料の除去は池水汚濁に対する負荷の軽減に有効である。汚濁の程度はウナギの大きさによっても異なり、約10gのウナギの飼育では有機物負荷が30g以上のウナギに比べ約2倍であった。また、給餌に伴う飼育水の汚濁はウナギの収容量よりもむしろ給餌量に左右されることから、汚濁の増加量は魚体重当たりよリ給餌量当たりで示すのが適切であると考えられた。 4.循環濾過方式による飼育水の浄化 濾過による単位時間当たりの溶存酸素の減少量(以下、濾過槽での酸素消費量と表現)が浄化量ならびに摂餌に伴う汚濁負荷をも示す有効な指標になりうることを確認した。そこで、濾材の粒径を実用上支障が生じないと考えられる3~5cmに限定し、濾過槽での酸素消費量を指標として濾過槽にかかる負荷と摂餌量との関係および単位濾材量当たりの最大浄化量を小規模水槽での飼育実験により求め、浄化に要する濾材量の算出基礎を導いた。 汚濁と浄化とが均衡している場合は、配合飼料の摂餌量F(g)と濾過槽での酸素消費量Y(g/時)( 濾過浄化量)との間にY=0.011F-0.164で示される直線関係が成立し、この式から摂餌量に応じた濾過槽にかかる負荷が算出される。一方、この粒径の濾材では飼育水の濾床内滞留時間が、3.5分程度の循環水量の時に最大浄化量が得られ、その値は濾材1m3当たり約14g/時となることがわかった。すなわち、濾材量V(m3)と濾過槽で期待される最大浄化量P(g/時)との関係はP=14Vと示される。なおこの濾過条件では最大浄化量は濾材の厚さや濾過速度には関係なく、濾材量にのみ規定されること、また、飼育水の井水による交換率が0.2回/日以下の場合には、最大浄化量は井水の注入により変動しないことはあらかじめ確かめておいた。また、飼育水および水槽壁での酸素消費量は濾過槽に比べて極めて小さく、濾過槽以外での浄化作用については、飼育水槽が濾過槽より極端に大きな場合を除き無視できると考えられた。したがって、これらの条件により設定した循環濾過式水槽でのウナギの飼育計画がP≧Y、14V≧0.O11F-0.164の関係が成立する範囲にあれば、その飼育は一応安全に行なわれると予測される。ここに示した濾材量の算出基礎に基づきウナギ100kgの飼育装置を設計し、長時間の飼育実験を行った結果、この基準が実用装置の設計にも十分安全度を見込んだものとして適用できることがわかった。 5.新しい濾材の検討 濾過槽の小型化と建設費の低減を図ることを目的にプラスチック濾材の応用を試みた それぞれ市販の4種類のプラスチック濾材と砕石とを濾材とした小規模飼育装置を作り、実際にウナギを飼育して安全に飼育可能な摂餌量を調査した結果、5cm角網目状濾材の浄化能力が最も大きく、砕石より優れた濾材になり得ることがわかった。ただし、濾材のアンモニア酸化作用は飼育水のpHが6以下になるとほとんど停止するため、プラスチック濾材を用いた場合には飼育水のpH調整が不可欠であった。アンモニア酸化作用を阻害しないためには、飼育水のpHを6.5~7.0の間に調整すれば実用上支障はなく、これに要する塩基量は飼育水の酸性化量とほぼ一致した。酸性化量A(当量)と摂餌量F(g)との間にはA=3.33F×10-3で示される関係式が成立する。したがって、中和に要する塩基量は摂餌量から推定可能であり、中和剤には水酸化カルシウムが最も有効であった。5cm角網目状濾材1m3の浄化可能な摂餌量は、大規模飼育装置での飼育実験の結果から約4kg/日と推定された。このプラスチック濾材の浄化能力は、粒径3~5cmの石灰石のそれの約3倍に相当した。したがって、本濾材を用いた場合の循環濾過式水槽の設計基準は、先に示した砕石濾材の式より、14V'×3≧0.O11F-0.164と示される。 6ウナギ養殖への循環濾過式飼育の応用と生産に及ぼす効果 養鰻業者の温室加温池(飼育水量100m3)に5cm角網目状濾材を用いた濾過槽を設置し、濾材の浄化能力を実験規模と比較するとともに、ここでの飼育成績を同一規模の温室加温池と比較した。実験した循環濾過池での最大浄化可能摂餌量は、濾材1m3当たり4~5kg/日の間にあると推定され、この値を4kg/日として求めた先の設計基準が実用規模でも十分安全度を考慮したうえでの基準になりうることが実証された。また循環濾過方式を採用することにより、飼育成績を低下させることなく、ウナギの収容量および給餌量を同_規模の温室加温池の終2倍に増加させることが可能となり、生産性の向上が認められた。今後、ここに得られた循環濾過式飼育のための設計基準を実際の養鰻に適用することにより、生産性の向上とともに用水の合理的な利用が期待できる。