- 著者
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八尾 隆生
- 出版者
- 大阪外国語大学
- 雑誌
- 大阪外国語大学論集 (ISSN:09166637)
- 巻号頁・発行日
- vol.13, pp.195-206, 1995-09-29
前近代の中国や朝鮮と同様,15世紀のヴェトナム黎朝の諸皇帝も元号を有していた。第3代仁宗は「太和」と「延寧」の2つの元号を有していたが,「太和」は誤りで,正しくは「大和」であるとする意見が存在する。ヴェトナム前近代史文書史料には後世の抄写本が多いという弱みがあるが,来歴のはっきりしている最古のものは大和としている。次に15世紀オリジナルの碑文はすべて大和としており,偶然発見された同期の仏像にも大和の年号が刻まれていた。さらに銅銭も太和と刻印しているのもあるが私鋳銭と考えられ,現存するあらゆる史料を見る限り,大和が正しいのである。この至極当たり前の事が今まで見過ごされてきたのは,太和の方が人口に膾炙しているという先入観からきたものである。そしてこの先入観から残念ながら現在のヴェトナム史研究者も免れていなかったのである。ヴェトナムでは最近の経済の復調に伴って多くの研究書の出版や史料の復刻企画が為されているが,こういう時こそ原史料に忠実であるという歴史学の原点に立ち戻る必要がある。