- 著者
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山室 信一
- 出版者
- 京都大學人文科學研究所
- 雑誌
- 人文学報 (ISSN:04490274)
- 巻号頁・発行日
- no.101, pp.63-80, 2011
1895年から1945年の敗戦に至るまでの日本は, 日本列島弧だけによって成立していたわけではない。それは本国といくっかの植民地をそれぞれに異なった法域として結合するという国制を採ることによって形成されていったが, そこでは権利と義務が差異化されることで統合が図られていった。こうした日本帝国の特質を明確化するために, 国民帝国という概念を提起する。国民帝国という概念には, 第1に国民国家と植民地帝国という二つの次元があり, それが一体化されたものであること, しかしながら, 第2にまさにそうした異なった二つの次元から成り立っているという理由において, 国民帝国は複雑に絡み合った法的状態にならざるをえず, そのために国民国家としても植民地帝国としてもそれぞれが矛盾し, 拮抗する事態から逃れられなかった事実の諸相を摘出した。その考察を通じて, 総体としての国民帝国・日本の歴史的特質の一面を明らかにする。The Meiji state's experience of forming a nation state affected its possession of colonies and also the changes that accompanied the Meiji state's becoming a colonial empire. In this paper, I will employ the concept of nation—empire for the purpose of clarifying the character of Japanese total empire. To do so, I wish first to emphasize that the concept of nation—empire has two dimensions, for it is meant to incorporate both the nation state and the colonial empire. But my second point is that for precisely that reason, it contains tendencies that contradict the nation—empire itself.