- 著者
-
蓮行
- 出版者
- 日本教育心理学会
- 雑誌
- 日本教育心理学会第56回総会
- 巻号頁・発行日
- 2014-10-09
1.発表者の紹介発表者は,大阪大学コミュニケーションデザイン・センター(阪大CSCD)に在籍する常勤の教員であると同時に,劇団衛星というプロの劇団の現役の演出家・劇作家である。2013年度まで阪大CSCDアート部門の部門長であった平田オリザ東京藝大特任教授の提唱する「コミュニケーションティーチング」の方法論に基づく演劇ワークショップコンテンツ(以下:演劇WS)の開発・設計・実践を2007年から継続している。2.コミュニケーションティーチングとは発表者は,2003年に開発した演劇WS「演劇で算数」を端緒として,主に小学生をメインターゲットとした算数教育,環境教育,防災教育などの演劇WSを開発してきた。また2005年からは,それらに加えて社会人向けの演劇WSの開発と実践を手がけてきた。2007年からは「コミュニケーションティーチング」の呼称を用い,テーマとして防犯教育,食育,国際理解,人権教育などに幅を拡げ,対象も小学生のみならず,中学校,高校,大学,大学院,社会人,高齢者向けまで拡大した。職業人向けの研修としては教員(幼小中高大),一般企業,医師,栄養士,建築士,弁護士,司法書士,保育士ときわめて広範囲の専門家に向けて演劇WSを実践してきた。コミュニケーションティーチングのコンテンツの内容としては,「一般の参加者(子ども,大人問わず)が」,「プロの演劇人(俳優,演出家等)と共に」,「2~5回程度のWSで」,「台本作りから上演まで共同で行う」というものである。この上演内容のテーマが,それぞれ前述した「環境」や「防災」といったものになっている。3.これまでの実践に対する,学術的なアプローチと課題10年余で延べ約450クラス約14000人の小学生を対象に実践。大人向けにも約20か所,1000人以上を対象に実施してきたが,惜しむらくは,学術的データは,限られた機会にしか取ることができなかった。原因としては「どのような質問紙で何を明らかにできるのか」という知見が不足していた事と,目的が明らかでない調査は現場の学習者や教員の負担を増やす事になり,メリットよりデメリットが大きかった事が挙げられる。そういう事情の中,調査研究を行うことができたものをいくつか例示する。2009年から2012年に取り組んだJST「犯罪からの子どもの安全」領域「演劇ワークショップをコアとした,地域防犯ネットワーク構築プロジェクト」(研究代表:平田オリザ)では,基礎研究や先行知見の土台が無いまま「演劇WSの防犯教育に於ける効果」を測るという応用・実践を試みたため,概念図の作成など様々な知見は得られたものの,基礎研究の重要性・必要性が強く認識された。2013年度マツダ研究助成《青少年健全育成関係》「青少年のエンパワーメントとパフォーミング・アーツの関係について-計量経済学からのアプローチ-」(研究代表:富田大介大阪大学特任助教)では,神谷祐介龍谷大学講師と共に,大学と公共ホールが共同事業として行う市民劇の参加者の「自己効力感(Self-efficacy)の向上」に主にフォーカスして,調査研究を行った。母数は小さいものの,「演劇が参加者の自己効力感の向上に資する」という仮説を立証できる大きな手がかりを得るに至った。以上のような現状を踏まえ,まず効果測定のターゲットを「演劇WSによる自己効力感の向上」に絞り,効果を測るためにどのような質問紙が必要なのか,神谷講師の助言の下で設計し,定量的に明らかにしていくことを試みる。発表者は,質問紙による調査を行って多くの一次データを得ることができる恵まれた立場であり,2014年度も,小学校40クラス1200人程度,中高生20クラス800人程度,社会人200人程度に対するアンケート調査を実施予定である。4.今後の検討課題演劇WSがもたらす効果について,対象とする年齢や職業なども幅広いため,細かく見て行けば様々な仮説は立つが,入り口として「自己効力感」にフォーカスすることは,それらの射程を広くカバーする普遍性があり,妥当性が高いと考えている。そして学習者に自己効力感の向上をもたらせるような教材(教え方・場づくりのスキルを含む)のデザインの知見と,その効果測定方法をまとめる事を目指す。これらの知見は,初等中等高等教育への実装,教員養成やFD,医療人教育,法曹人教育,専門家教育等への展開も期待される。そして,「自己効力感の向上」に続く,演劇WSのもたらす他の効果についても,調査研究と開発を試みるべく,様々な知見の結集を目指したい。