著者
林美都子
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第56回総会
巻号頁・発行日
2014-10-09

目的 学習心理学の主要理論の一つである条件づけ理論は,教育心理学や臨床心理学等は勿論のこと,今日では行動分析学や行動経済学などにも応用され多岐に渡って展開されている。心理学を学ぶ者であれば必ず理解すべき理論の一つであるといえよう。しかし2009年度に行われた林の調査(林,2013より)によると,学習心理学を受講した学生の73%が条件づけ理論を難しいと感じている。当該理論はパブロフの犬やスキナーの鳩のように動物実験を通じて発展してきた。教科書等の座学のみでは難しいのは当たり前と言える。実際に動物実験を行うことで理解が促進されよう。 しかし,動物実験を行うためには,被験体の購入や飼育,実験場所,実験用具の整備など,多大な資金や時間,手間などの問題をクリアする必要がある。そこで本研究では,山本・獅々見(1994)が提案した実験室外におけるキンギョのオペラント条件づけ手続きを踏まえ,より扱いやすく安価に入手しやすいであろう被験体としてヒメダカを取り上げ,実験室外において,大学生にオペラント条件づけの動物実験を行わせることとし,実験過程においてどのような問題が生じるか検討し,より良い動物実験教材を開発することを目的とした。方法実験参加者 心理学を専攻する大学2年生21名。被験体 実験室で誕生,育成され,実験経験のないヒメダカ7匹(生後11ヶ月)。実験水槽 175×105×105mmの市販のプラスチック水槽。水以外は何も入れなかった。無条件性強化子 イトミミズを原料とする市販のメダカのエサ1~3粒程度。必要に応じて,細かく砕いて用いた。輪 市販の直径1mmの銀色の針金を用いて,直径5cmの輪を作成した。実験手続き 学生3名を1グループとしてヒメダカ1匹を与え,以下のような手順でオペラント条件づけを行うよう求めた。 まず,輪くぐり慣らし訓練を行わせた。5cmの輪を20分間水槽に入れっぱなしにし,被験体が輪をくぐるたびに無条件性強化子を与え,輪をくぐる回数と時間を手元に控えさせた。 次に輪くぐり学習訓練として,輪を水中に挿入後,被験体が輪をくぐったら輪を取り出し強化子を与えさせた。くぐるまでの時間を測定し,これを1試行に3回繰り返すよう指示した。5分以上くぐらないときには一旦輪を引き上げてやり直し,2回連続した場合は日を改めることとした。慣らし訓練も学習訓練もビデオで撮影するよう求めた。結果結果の処理 2日連続して3回の平均輪くぐり時間が20秒以内なら輪くぐり学習訓練クリアと教示したが,条件を満たした班は1班のみであった。そこで40秒以内としたところ,4班はクリア,3班がクリア出来ていなかった。クリアまでの試行数は,6,9,10,37であった。37試行班を除いた3班をクリア群,残り3班を非クリア群として,両群の分析を行った。問題行動の生起頻度 輪くぐり学習訓練開始から5日分について各班75回分すなわち各群計225回分を対象に録画ビデオで観察された問題行動の生起頻度をカウントして分析し,表1にまとめた。直接確率計算を行ったところ,非クリア群は実験中であっても友人と話続けていたり(騒音),メダカの怯えや警戒の様子とは関係なしに輪を出し入れしたり実験を開始したりする(状態無視)などの問題行動がクリア群より多く見られた。考察 クリア条件を緩める必要はあったが,約半分の班はメダカのオペラント条件づけに成功し,本研究の手続きで大学生に心理学的動物実験を体験させることは十分可能であると示された。言語的コミュニケーションの通用しない動物実験を通して,非クリア群の示した問題行動に着目して動物の扱い方を学ぶことは,ヒトを対象とした実験や調査を行う際にも有用であろうと思われる。
著者
都筑学 岡田有司 高坂康雅
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第56回総会
巻号頁・発行日
2014-10-09

小中一貫校・非一貫校における子どもの適応・発達(2)-コンピテンスに着目して-○ 都筑 学(中央大学) 岡田有司(高千穂大学) 高坂康雅(和光大学) 問題と目的 学校教育の現場においては,小学校と中学校の連携や連続性の重要性が指摘されているが,それに関する実証的な研究は十分になされていないのが現状である。本研究では,コンピテンスの発達という観点から,小中一貫校と非一貫校の比較検討を行い,得られた実証データから2つの教育制度で学ぶ児童生徒の特徴を明らかにする。方 法調査対象者・調査時期 研究(1)と同じ。調査内容 児童用コンピテンス尺度(櫻井, 1992)を用いた。4下位尺度の内,16項目を使用した(「学業(項目1,5,9,13;α=.85」,「友人関係(項目2,6,10,14;α=.58であったため,項目10を除いて3項目で得点化した(α=.63))」,「運動(項目3,7,11,15;α=.80」,「自己価値(項目4,8,12,16;α=.77)。結果と考察 コンピテンスの4下位尺度について,学校形態(一貫/非一貫)×学年(4年~9年(中3))の2要因分散分析をおこない,交互作用が有意であった場合は,単純主効果の検定を行った。 学業では,交互作用が有意であり,一貫校・非一貫校ともに学年間での差異が見られた。一貫校では4年は6・8・9年より高く,6年は8・9年より高く,4・5年は7年より高かった。 友人関係では,交互作用が有意であり,5・6・9年において非一貫校は一貫校よりも得点が高かった(Figure 1)。 運動でも,交互作用が有意であり,4・5・6年において,非一貫校は一貫校よりも得点が高かった。7・8・9年では,一貫校と非一貫校との間に差は見られなかった。 自己価値でも,交互作用が有意であり,4・5・6年において,非一貫校は一貫校よりも得点が高かった。7年では,一貫校が非一貫校よりも得点が高かった。8・9年では,一貫校と非一貫校との間に差は見られなかった(Figure 2)。 以上の結果をまとめると,おおよそ次のようなことが示された。小学校の段階では,小中一貫校よりも非一貫校の児童の方が,友人関係(5~6年)・運動(4~6年)・自己価値(4~6年)のコンピテンスが高いことが明らかになった。中学校段階になると,小中一貫校と非一貫校との間に逆転現象が生じ,小中一貫校の7年は非一貫校の中1よりも,自己価値が高くなっていた。ただし,友人関係においては,4~6年に引き続いて,非一貫校の中1の方が一貫校の7年よりも高かった。 小学校段階において,非一貫校と小中一貫校との間にコンピテンスに差が見られるのは,小中一貫校では,小学校と中学校が同一の敷地にあって,4~6年生が,すぐ間近にいる7~9年生と自分を相対評価する機会が多いことによるのかもしれない。また,両者の間のコンピテンスの差が,中学校段階で見られなくなるのは,非一貫校での小学校・中学校間の移行にともなう適応等の問題が関係しているかもしれない。今回は横断的なデータによる分析であるために,因果関係を明らかにするには限界がある。今後は,縦断的なデータによって,上記のような推論を実証的に検証していくことが課題であるといえる。付記:本研究は,科学研究費助成事業(基盤研究(B)課題番号24330858:代表・梅原利夫)の助成を受けたものである。
著者
高坂康雅 都筑学 岡田有司
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第56回総会
巻号頁・発行日
2014-10-09

問題と目的 近年,全国的に公立小中一貫校の設置が行われている。その目的は,小・中学校間の連携・連続性を高め,「中1ギャップ」を解消し,児童生徒の学校適応感や精神的健康を向上させることにある。しかし,実際に,小中一貫校が非一貫校に比べ児童生徒の学校適応感や精神的健康を促進しているという実証的な検討は行われていない。 そこで,本研究では,学校適応感と精神的健康について,小中一貫校と非一貫校の比較検討を行うことを目的とする。方 法調査対象者 公立小中一貫校に在籍する児童生徒2269名と非一貫校に在籍する児童生徒6528名を調査対象者とした。調査時期 2013年5月~2014年1月に調査を実施した。調査内容 (1)学校適応感:三島(2006)の階層型学校適応感尺度の「統合的適応感覚」3項目を使用した。(2)精神的健康:西田・橋本・徳永(2003)の児童用精神的健康パターン診断検査(MHPC)の6下位尺度(「怒り感情」,「疲労」,「生活の満足度」,「目標・挑戦」,「ひきこもり」,「自信」)各2項目を使用した。結果・考察統合的適応感覚及びMHPC6下位尺度について,学校形態(一貫/非一貫)×学年(4年~9年(中3))の2要因分散分析を行い,交互作用が有意であった場合は,単純主効果の検定を行った。以下では,小中一貫校と非一貫校との間で有意な差がみられた箇所を中心に結果を記述する。 まず,統合的適応感覚では交互作用が有意であり,4年・5年において,非一貫校の方が一貫校よりも得点が高かった(Figure 1)。 MHPCの「目標・挑戦」でも交互作用が有意であり,4年・5年・6年において,非一貫校の方が一貫校よりも得点が高かった。また,「自信」でも交互作用が有意で,4年・5年・6年において,非一貫校の方が一貫校よりも得点が高かった(Figure 2)。 「疲労」,「ひきこもり」,「生活の満足度」では,学校形態の効果が有意であり,「疲労」と「ひきこもり」では一貫校の方が高く,「生活の満足度」では,非一貫校の方が高かった。 これらの結果から,全体的には,小中一貫校よりも非一貫校の方が学校適応感も精神的健康も高いことが明らかとなった。特に,小学校時点では,学校適応感や「目標・挑戦」,「自信」は非一貫校の方が高かったが,換言すれば,非一貫校の場合,中学生になると,適応感や「生活の満足度」,「自信」は一貫校と同程度まで低減する。このような低減が一貫校ではみられないという点では,「中1ギャップ」の解消に一定の効果がある可能性もあるが,一方で,一貫校における小学校時点での学校適応感や精神的健康の低さがなぜ生じているかは今後検討する必要がある。付記:本研究は,科学研究費助成事業(基盤研究(B)課題番号24330858:代表・梅原利夫)の助成を受けたものである。
著者
岡田有司 高坂康雅 都筑学
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第56回総会
巻号頁・発行日
2014-10-09

問題と目的 小中非一貫校では小学5~6年生になれば上級生になるが,一貫校ではこうした扱いはなされず人間関係も同様の関係が継続する。こうした環境の違いは子どもの独立心や他者との関係の在り方に差異を生じさせている可能性がある。そこで,本研究では独立性・協調性に注目し小中一貫校と非一貫校の違いについて明らかにする。方 法調査対象者・調査時期 研究(1)と同じ。調査内容 (1)独立性・協調性:相互独立的・相互協調的自己観尺度(高田,1999)を用いた。4下位尺度の内,12項目を使用した(「相互独立性:個の認識・主張(項目1・5)」「相互独立性:独断性(項目3・7・9・11)」「相互協調性:他者への親和・順応(項目2・6・10)」「相互協調性:評価懸念(項目4・8・12)」)。結果と考察 先行研究と同様の4つの因子から捉えられるかを確認したが,同様の因子は得られなかった。そこで,探索的に項目ごとに学校形態(一貫/非一貫)×学年(4年~9年(中3))の2要因分散分析を行い,交互作用が有意であった場合は,単純主効果の検定を行った。以下では,小中一貫校,非一貫校の間で差がみられた箇所を中心に結果を記述する。 独立性に関する項目では,項目1では交互作用が有意であり,4・6年において非一貫校の得点が高かった(Figure1)。項目5でも交互作用が有意傾向であり,4・5・6年で非一貫校の得点が高かった。項目7では学校形態の主効果がみられ,一貫校の得点が高くなっていた。項目11では交互作用が有意傾向だったが,その後の分析では有意差は検出されなかった。協調性に関する項目では,項目2で交互作用が認められ,4・5・6年で非一貫校の得点が高かった(Figure2)。項目6でも交互作用が示され,4・5年で非一貫校の得点が高くなっていた。項目10においても交互作用が有意であり,4年では非一貫校の得点が高くなっていたが,6・7年では一貫校の得点が高くなっていた。項目4では学校形態の主効果が有意で,非一貫校の得点が高いことが示された。項目8では交互作用が示され,4年では一貫校の得点が高くなっていた。 以上の結果から,非一貫校の小学校高学年は一貫校の者に比べ,自分を理解し意見を持つという意味での独立性や,周囲と親和的な関係を築くという意味での協調性が高いことが示唆された。付記:本研究は,科学研究費助成事業(基盤研究(B)課題番号24330858:代表・梅原利夫)の助成を受けたものである。
著者
小沢一仁
雑誌
日本教育心理学会第56回総会
巻号頁・発行日
2014-10-09

1.問題と目的 エリクソンのアイデンティティ概念は,青年理解や人間理解,自己理解に寄与している反面,日本語への翻訳者による小此木(1973)や西平直(2011)においてその難解さが指摘されている。本発表では,エリクソンの記述の中で,斉一性と連続性に着目する。エリクソンは,アイデンティティ危機(以下ID危機)において斉一性と連続性が問題になるとしている(Erikson,1959)。しかし,主観的視点で意識において捉えると,斉一性と連続性が完全に断絶してしまうと,記憶喪失及び多重人格となる。このことから,ID危機においても,喪失されない斉一性と連続性と,ID危機で喪失される斉一性と連続性のふたつのレベルが考えられる。本発表では,前者の斉一性と連続性について概念検討を行うことを目的とする。2.概念検討に現象学的方法を用いる 竹田(1989)は,現象学的方法について確信成立の条件を明らかにすると述べている。この捉え方をもとに,主観的視点で意識において確信・体験・意味という3つのステップを設定し,ID危機においても喪失されない斉一性と連続性に適用していくことを試みる。3.ID危機でも喪失されない斉一性と連続性を現象学的方法で捉える(1)斉一性①社会の中で自分は生きているという確信 客観的視点では,根本的には現在ここいる個人が他の空間に移動しても同じ人間であることが斉一性である。主観的視点においては,斉一性と連続性とは,様々な空間で社会の中で自分が生きているという確信であるといえる。②様々な空間における身体的及び心理的体験 社会の中で自分が生きているという確信の根拠として,様々な空間で自分及び他者との間の活動で,五感における身体的体験と,感情や思考などの心理的体験を見出すことができる。③社会の中で自分が生きているという意味 社会とは他者と共に生きている空間であるという意味づけが根底にあるからこそ,様々な空間における他者との間の活動における身体的及び心理的体験が根拠となり,社会の中で自分は生きているという確信が成立していると考えられる。(2)連続性①生涯の中で自分は生きているという確信 客観的視点では,根本的には過去と現在,そして,将来の個人は同じ人間であることが連続性といえる。主観的視点においては,過去から現在そして未来へと自分が生きているという確信であると捉えることができる。さらに,時間の中で起点と終点を考えると,誕生から死までの生涯の中で自分が生きているという確信であるといえる。②過去の想起及び将来の予期という体験と伝聞情報を受け取る体験 竹田(1989)は現象学において,記憶を思い出すことを想起といい,将来の予想を予期といい,共に確信の根拠である体験となるとする。また,伝聞情報を受け取る体験も確信の根拠となるという。このことから,過去の自分を想起する体験,将来の自分を予期する体験が時間の中で自分が生きているという確信の根拠となっている。さらに,記憶がなく想起できない過去については,親などの養育者から誕生時の様子を伝聞情報として受け取る体験も,誕生から自分は生きているとい確信の根拠となっているといえる。③誕生から死までの生涯を生きるという意味 自分が生きていることは,誕生から死までの間の生涯である意味づけがあるとえる。つまり,生涯の中で自分が生きているという確信において,すべての時間の流れの中での記憶は想起されず断片的な想起でも,また充分な予期がなくても,自分は生涯を生きていると意味づけているといえる。(3)斉一性と連続性 以上より,主観的視点においては,斉一性と連続性とは社会及び生涯の中で自分が生きていること捉えることができる。この確信はID危機においても失われることはないものである。この捉え方を元に,鑪(1990)による斉一性と連続性の二つの図式をひとつにまとめると,誕生という起点から,時間的経緯の中で,社会の中という空間的円環において,死という終点まで生涯の中で自分は生きているという図式を描くことができる。4.課題 本発表で,斉一性と連続性をまず根底のレベルで捉えたことは,アイデンティティ概念を検討する上での基盤となったといえる。この基礎をもとに,ID危機において喪失される斉一性と連続性とは何かを検討していくことが今後の課題である。
著者
登張真稲 名尾典子 首藤敏元 大山智子
雑誌
日本教育心理学会第56回総会
巻号頁・発行日
2014-10-09

【問題と目的】 登張・名尾・首藤・大山(印刷中)は教師が生徒の協調性を評定できる尺度等を含む質問紙を作成し,小学校,中学校,高校の教師計96名に回答を求めた。この質問紙では教師たちに,「子どもたちをどのように育てたいと思うか」についても聞いている。本研究では,この質問への教師の回答について報告する。「協調的な人に育てたい」という期待が,他の期待と比較し,相対的にどのぐらい大きいかということについても検討する。【方法】研究対象:小学校教師61名,中学校教師21名,高校教師14名,計96名(男性50名,女性46名;20代~60代)質問内容:「子どもたちをどのように育てたいと思うか,どのような人になってもらいたいと思うか,お聞きします」という設問に対して,「自分の意見をしっかり主張できる人」等の15項目の中から,5つまで選ぶことを求めた。この15項目は,研究者4名で相談して,学校の教師が生徒に期待すると思われる項目として考案したものである。調査:2013年7月に小学校教師17名に,2013年8月に小学校教師44名,中学教師21名,高校教師14名,計79名に質問紙への回答を求めた。【結果と考察】 「子どもたちをどのように育てたいと思うか」という設問に対する15項目のそれぞれについて,小学校教師,中学校教師,高校教師,小学校+中学校+高校の各群で選択された比率を,多い順にTable 1に示した。 最も多く選択されたのは,「相手の気持ちを考えて行動する人」であった。「協調性の高い人」を最も良く表しているのは「いろいろな人と協調・協力できる人」であるが,この項目の選択は中高の教師では比較的高いものの、小学校教師では30%未満であり、中学生以上で特に期待される特性であることが示唆された。「相手の気持ちを考えて行動する人」「良い人間関係を築ける人」「道徳や規則をしっかり守る人」「人のために行動できる人」「人に迷惑をかけない人」「他人に対して寛容な人」も協調性の高い人に含めることが可能とも考えられるので、そうした回答を含めると、協調性を求める回答は多いと言える。協調性以外の特性で,多く選択されたのは,「夢を持ち夢の実現に向けて努力する人」,「自分の意見をしっかり主張できる人」等である。「自分に厳しい人」「自分を犠牲にして他者を助けることができる人」は優先順位が低かったと言える。 「自分らしさを大事にする人」は小学校教師で,「人のために行動できる人」「難しい問題にも恐れず立ち向かう人」は中学校教師で,「謙虚な人」は高校教師で相対的に多い傾向が見られた。 特に中学教師と高校教師の人数が少なかったため,この結果が常に再現されるかどうかは不明であるが,教師が生徒をどのように育てたいと思うかということが少し明らかになった。Table 1 「子どもたちをどのように育てたいか」という設問に対する選択の比率(5つまで)(%)【引用文献】 登張・名尾・首藤・大山 (印刷中) 日本心理学会第78回大会論文集
著者
高橋佳代
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第56回総会
巻号頁・発行日
2014-10-09

【目的】 本研究の目的は,学校期における体罰経験が自己肯定意識に及ぼす影響を明らかにすることである。体罰は明確に禁止されているにも関わらず継続されてきた。学校現場で体罰が容認され続ける要因の一つに,体罰が子どもに与える影響について明確に示されていないことがあると考えられる。体罰に関しては種々意見があるが,体罰否定論の根拠とされる心理学実験は限られた被験者を対象に行われたものを根拠にしており,学校現場での体罰が子どもの心身の成長に与える影響を検討した研究は少ない。よって,本研究では子どもの健全な人格の形成への影響を理解するため,自己肯定意識(平石,1990)に注目し,体罰経験が自己肯定意識に与える影響を検討する。特に,体罰経験を被害者がどのように捉えたかという体罰に対する個人の認知に注目し検討を行う。【方法】1.調査方法:2013年10~11月,A県の大学生(1年生~4年生)726名に対し,心理学およびキャリア関連の授業後に質問紙の協力依頼をし,その場で配布,回収した。倫理的配慮として回答は任意で無記名であり,希望者に結果をフィードバックする旨を記載した。得られたデータのうち欠損のあるものを除いた655名(男子,458名,女子172名,不明25名)を分析対象とした。2.調査内容:1)体罰経験・体罰目撃経験・体罰加害経験:これまでの学校期における上記経験の有無,態様,被害内容について。2)体罰経験の捉え方:体罰経験後の生活の変化に対する認知2項目。3)体罰容認意識:体罰は学校生活に必要かどうかについて2項目。4)自己肯定意識:平石(1990)の自己肯定意識尺度のうち対自己領域の 「自己受容」,対他者領域の「自己閉鎖性・人間不信」「自己表明・対人的積極性」「被評価意識・対人緊張」の計26項目を使用し,5件法で回答を求めた。 【結果】1.体罰被害体験と加害経験との関連 体罰被害経験×体罰加害状況のχ2検定が有意(χ2(3,N=655)=39.23,p2.体罰被害状況と体罰容認意識の関連 体罰被害状況×体罰容認意識のχ2検定が有意(χ2(2,N=655)=7.02,p3.体罰経験,その捉え方と自己肯定意識との関連 自己肯定意識の各下位尺度を構成する項目の評定値の平均点を尺度得点(「自己受容得点」「自己閉鎖得点」「対人積極性得点」「対人緊張得点」)として算出した。 体罰経験の有無および被害の重症度を独立変数,自己肯定意識の下位尺度得点を従属変数として分散分析を行ったところ,有意差は認められなかった。 体罰経験の捉え方と自己肯定意識との関連を検討するため,体罰経験後に「学校が嫌になった」等ネガティブな変化を認知している群をネガティブ群,「技術・技能が上達した」等ポジティブな変化を認知している群をポジティブ群,双方とも認知している群を葛藤群とし,各群を独立変数,自己肯定意識の各下位尺度得点を従属変数について分散分析を行ったところ「対人緊張得点」において群の効果が有意であった(F(3,327)=3,98,p【考察】 体罰被害経験が体罰加害経験および体罰容認意識と関連することが明らかになった。一方で、自己肯定意識との関連を検討すると,体罰被害経験の有無や被害の重症度と自己肯定意識との関連は示されず、体罰経験の認知が自己肯定意識に影響する事が示された。体罰経験を両価的に捉えている者は対人緊張を高めている可能性が示唆された。
著者
上岡学
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第56回総会
巻号頁・発行日
2014-10-09

はじめに日本の小学校の算数教育において、乗法指導の導入は1当たり量を先(被乗数)に記述する指導方法が定着している。そこで本研究では、乗法の導入問題を作成するときに1当たり量が先にくる問題がどのぐらいの割合で出現するのかを調査研究した(調査1)。さらに乗法の導入問題において1当たり量が問題文中において後半にある場合(逆向問題)、立式はどのように考えたらよいのかについても調査研究した(調査2)。(調査1)(方法)大学生に対して、「かけ算の導入問題としてふさわしいと思う問題を作成してください」という課題を与える。(対象)大学生84名(結果)(1)「かけ算導入問題」について①1当たり量が前半(先)にくる問題(順行問題)の出現率は、63.1%であった。たとえば、「2つのおかしが入った袋が3つあります。おかしは全部でいくつですか。」という問題である。「前半の数字×後半の数字」とすれば、自動的に「1当たり量×かける数」となる問題である。②1当たり量が後半(後)にくる問題(逆行問題)の出現率は、29.8%であった。たとえば、「4人の友だちに、チョコレートを5つずつ配ります。チョコレートはいくついりますか。」という問題である。1当たり量を先という指導であれば、「後半の数字×前半の数字」となり、意識して「1当たり量×かける数」と逆にしなければならない問題である。③1当たり量が交換可能な問題(中立問題)の出現率は、1.2%であった。たとえば、「学校の靴箱は、縦に5つ、横に6つ並んでいます。全部でいくつの靴箱がありますか。」という問題である。どちらの数も同等の関係である問題である。(長方形の面積の公式は「縦×横」であるので、「縦」が「1当たり量」であると考えれば①に含まれるが本研究では③とする。)④その他課題意図の取違えは、6.0%であった。(調査2)(方法)逆向問題「5人の友達にチョコレートを3つずつ配ります。全部でいくつでしょうか。」という問題を提示して、それに対する立式の考えを5択(A:式は5×3であり、3×5は間違いである/B:式は5×3であるが、3×5でもよい/C:式は3×5であり、5×3は間違いである/D:式は3×5であるが、5×3でもよい/E:式は5×3でも、3×5でもよい)から選択する。(対象)大学生80名(結果)①A「式は5×3であり、3×5は間違いである」は現行の指導方法から最も遠い考え方であるが16.3%であった。また議論になることがあるC「式は3×5であり、5×3は間違いである」については15.0%であった。意味を理解していれば認められるべきE「式は5×3でも、3×5でもよい」は10.0%であった。②BとCは、一方の指導を強調するが、他方も許容であるとする考え方であるが、いずれも約30%であり、合わせると約60%であった。
著者
蓮行
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第56回総会
巻号頁・発行日
2014-10-09

1.発表者の紹介発表者は,大阪大学コミュニケーションデザイン・センター(阪大CSCD)に在籍する常勤の教員であると同時に,劇団衛星というプロの劇団の現役の演出家・劇作家である。2013年度まで阪大CSCDアート部門の部門長であった平田オリザ東京藝大特任教授の提唱する「コミュニケーションティーチング」の方法論に基づく演劇ワークショップコンテンツ(以下:演劇WS)の開発・設計・実践を2007年から継続している。2.コミュニケーションティーチングとは発表者は,2003年に開発した演劇WS「演劇で算数」を端緒として,主に小学生をメインターゲットとした算数教育,環境教育,防災教育などの演劇WSを開発してきた。また2005年からは,それらに加えて社会人向けの演劇WSの開発と実践を手がけてきた。2007年からは「コミュニケーションティーチング」の呼称を用い,テーマとして防犯教育,食育,国際理解,人権教育などに幅を拡げ,対象も小学生のみならず,中学校,高校,大学,大学院,社会人,高齢者向けまで拡大した。職業人向けの研修としては教員(幼小中高大),一般企業,医師,栄養士,建築士,弁護士,司法書士,保育士ときわめて広範囲の専門家に向けて演劇WSを実践してきた。コミュニケーションティーチングのコンテンツの内容としては,「一般の参加者(子ども,大人問わず)が」,「プロの演劇人(俳優,演出家等)と共に」,「2~5回程度のWSで」,「台本作りから上演まで共同で行う」というものである。この上演内容のテーマが,それぞれ前述した「環境」や「防災」といったものになっている。3.これまでの実践に対する,学術的なアプローチと課題10年余で延べ約450クラス約14000人の小学生を対象に実践。大人向けにも約20か所,1000人以上を対象に実施してきたが,惜しむらくは,学術的データは,限られた機会にしか取ることができなかった。原因としては「どのような質問紙で何を明らかにできるのか」という知見が不足していた事と,目的が明らかでない調査は現場の学習者や教員の負担を増やす事になり,メリットよりデメリットが大きかった事が挙げられる。そういう事情の中,調査研究を行うことができたものをいくつか例示する。2009年から2012年に取り組んだJST「犯罪からの子どもの安全」領域「演劇ワークショップをコアとした,地域防犯ネットワーク構築プロジェクト」(研究代表:平田オリザ)では,基礎研究や先行知見の土台が無いまま「演劇WSの防犯教育に於ける効果」を測るという応用・実践を試みたため,概念図の作成など様々な知見は得られたものの,基礎研究の重要性・必要性が強く認識された。2013年度マツダ研究助成《青少年健全育成関係》「青少年のエンパワーメントとパフォーミング・アーツの関係について-計量経済学からのアプローチ-」(研究代表:富田大介大阪大学特任助教)では,神谷祐介龍谷大学講師と共に,大学と公共ホールが共同事業として行う市民劇の参加者の「自己効力感(Self-efficacy)の向上」に主にフォーカスして,調査研究を行った。母数は小さいものの,「演劇が参加者の自己効力感の向上に資する」という仮説を立証できる大きな手がかりを得るに至った。以上のような現状を踏まえ,まず効果測定のターゲットを「演劇WSによる自己効力感の向上」に絞り,効果を測るためにどのような質問紙が必要なのか,神谷講師の助言の下で設計し,定量的に明らかにしていくことを試みる。発表者は,質問紙による調査を行って多くの一次データを得ることができる恵まれた立場であり,2014年度も,小学校40クラス1200人程度,中高生20クラス800人程度,社会人200人程度に対するアンケート調査を実施予定である。4.今後の検討課題演劇WSがもたらす効果について,対象とする年齢や職業なども幅広いため,細かく見て行けば様々な仮説は立つが,入り口として「自己効力感」にフォーカスすることは,それらの射程を広くカバーする普遍性があり,妥当性が高いと考えている。そして学習者に自己効力感の向上をもたらせるような教材(教え方・場づくりのスキルを含む)のデザインの知見と,その効果測定方法をまとめる事を目指す。これらの知見は,初等中等高等教育への実装,教員養成やFD,医療人教育,法曹人教育,専門家教育等への展開も期待される。そして,「自己効力感の向上」に続く,演劇WSのもたらす他の効果についても,調査研究と開発を試みるべく,様々な知見の結集を目指したい。
著者
工藤与志文 藤村宣之 田島充士 宮崎清孝
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第56回総会
巻号頁・発行日
2014-10-09

企画主旨工藤 与志文 本シンポジウムは2011年から始まった同名のシンポジウムの4回目である。また,企画者の一人として,その締めくくりとしての意味合いを持たせたいとも考えている。今回のテーマは「教育目標をどう扱うべきか」である。そもそもこれら一連のシンポジウムは,学習すべき知識の内容や質を等閑視し,コンテントフリーな研究課題しか扱わない教育心理学研究のあり方に対する批判からスタートしたものと理解している。そのような問題意識の行き着く先は「教育目標の扱い」ではないか。これまでのシンポジウムで度々指摘されてきた教育心理学の「教育方法への傾斜」は,自ら教育目標の善し悪しを検討することが少ないという教育心理学研究者の研究姿勢と関連している。教育目標がどうあるべきかという問題は教育学や教科教育学の専門家が取り扱うべきであり,教育心理学はその実現方法を考えていればよいという「分業的姿勢」の是非が問われるべきではないだろうか。本シンポジウムでは,上記の問題意識をふまえ,教育心理学研究は教育目標そのものをどのように俎上にのせうるか,その可能性について議論したい。教科教育に対する心理学的アプローチ:発問をどのように構成するか藤村 宣之 教育目標に対して教育心理学がどのようにアプローチするかに関して,より長期的・教科・単元横断的なマクロな視点と,より短期的なミクロな視点から考えてみたい。 マクロな視点によるアプローチの一つとしては,各学年・教科・単元の目標を,発達課題などとの関わりで教科・単元横断的にあるいは教科や単元を連携させて設定し,それに対応させて構成した学習内容に関する長期的な授業のプロセスと効果を心理学的に評価することが考えられるであろう。その際には,学習内容にテーマ性,日常性を持たせることが教科・単元を関連づけた目標設定を行ううえでも,子どもの多様な既有知識を生かして授業を構成するうえでも重要になると考えられる。 より短期的に実現可能なミクロな視点からの関わりの一つとしては,各単元・授業単位で,どのような発問を設定して,子どもたちに思考を展開させることを考えることで,単元の本質的な内容の理解に迫るというアプローチも考えられる。当該単元の教材研究を子どもの思考や理解の視点から行うことを通じて,どのような力をその単元・時間で子どもに獲得させるか(たとえば当該単元のどのような理解の深まりを一人一人の目標とするか)を考え,それを発問の構成に反映させていくというアプローチである。 ミクロな視点からのアプローチの一つとして,子どもの多様な既有知識を発問の構成に活用し,探究過程とクラス全体の協同過程を組織することで,一人一人の子どもの各単元の概念的理解の深まりを目標とした学習方法(協同的探究学習)のプロセスと効果について,本シンポジウムでは報告を行いたい。発問の構成の方針としては,導入問題の発問としては,当該教科における既習内容に関する知識,他教科の関連する知識,日常的知識など子どもの多様な既有知識を喚起し,個別探究過程,協同探究過程を通じてそれらの知識を関連づけ,さらに,後続する展開(発展)問題の発問としては,それらの関連づけられた知識を活用して単元の本質に迫ることが,個々の学習者の概念的理解を深めるうえでは有効ではないかと考えられる。以上に関する具体的な話題提供と討論を通じて,教科教育の教育目標を対象とする教育心理学研究のあり方について考察を深めたい。知識操作と教育目標工藤 与志文 ここしばらく「知識操作」に関する研究を続けている。知識操作とは,課題解決のために知識表象を変形する心的活動のことを指す。近年,法則的知識(ルール)の学習研究において知識操作の重要性が示されつつある。ところで,同一領域に関する知識といっても,操作しやすい知識と操作しにくい知識があるように思う。西林氏の言葉を借りれば,知識は「課題解決のための武器」であるのだから,どんな武器を与えるかによって戦い方も変わってくるだろうし,すぐれた武器があれば勝算も高まるだろう。筆者は,「操作のしやすさ」をすぐれた武器の要件の1つだと考えている。雑多な知識の中からすぐれた武器となる知識を精選し,学習者がそれらを使えるように援助することは,重要な教育目標となると考えている。このような観点で教科教育を見た場合,わざわざ鈍い武器を与えているのではないかと思われる事例が少なくない。重さの保存性の学習を例に説明してみよう。 極地方式研究会テキスト「重さ」では,「ものの出入りがなければ重さは変わらない」というルールを教えている。このルールは含意命題の形式をとっているため操作が容易であり,ここから直ちに他の3つのルールを導く事ができる。①「重さが変わらないならばものの出入りはない(逆)」②「ものの出入りがあれば重さは変わる(裏)」③「重さが変わるならばものの出入りがある(対偶)」小学生がこれらのルールを駆使することで,一般に困難とされている課題に対して正しい推論と判断が可能になることが教育実践で明らかにされている。たとえば,水と発泡入浴剤の重さを測定し,入浴剤を水に入れた後の質量変化をたずねる課題では,小学3年生が重さの減少と気体の発生を関連づける推論を行うことができた(重さが減ったということは何かが出ていった→においが出ていった→においにも重さがある)。 一方,学習指導要領をみると,小3理科の目標の1つとして「物は形が変わっても重さは変わらない」ことの学習が挙げられている。教科書では,はかりの上の粘土の置き方を変えたり形を変えたりして確かめている。しかし,このルールは命題の帰結項(重さは変わらない)に対応する前提項を欠いており,含意命題の形式をとっていない。したがって,上記のような操作は不可能である。しかもこのルールは,変形して重さが変わる状況では使えない(極地研のルールでは,「重さが変わったんだから何か出入りがあったのだろう」と予想できる)。重さの保存性理解にとって,どちらの知識が武器として有効であるかは明らかではないか。本シンポジウムでは,知識操作という観点から,学習すべき知識の内容や質を問い直すつもりである。ここから,教育目標を対象にした教育心理学研究の1つの可能性を示してみたい。「学習者を異世界へいざなう教科教育の価値とは:分かったつもりから越境的交流へ」田島 充士 「学校で学んだ知識は,社会に出ると役に立たない」との言説は,今も昔も多くの人々にとって,強い説得力を持って受け止められているものだろう。学習者が学校で学ぶ知識(以下「学問知」と呼ぶ)は,実践現場で養成され活用される具体的知識(以下「実践知」と呼ぶ)と乖離する傾向にあると多くの人々によって受け止められているのは事実であり,学習者に対し,学外における実践知学習の場を提供する,インターンシップ等の実践演習型教育プログラムの実施も盛んである。 しかし教育心理学においては,この実践知習得をターゲットとした実践演習等の価値が認められる一方で,肝心の,社会実践に対する学問知教育(教科教育)の貢献可能性については,十分にモデル化されているとはいえない状況にある。本発表では,ヴィゴツキーによる科学的概念を介した発達論を基軸として,学問知が有する実践的価値を実証的に分析する理論モデルを提供することを目指す。 科学的概念とは,教科教育を通し学習される,抽象的な概念体系をともなう学問知の総体である。その特徴は,空間・時間を異にする,個々別々の具体的な文脈に孤立した実践知を,学習者自身がこの抽象体系に関連づけることで特定のカテゴリーとしてまとめ,相互の比較検証を可能にすることにある。以上のように学問知を捉えるならば,教科教育とは,異なる実践文脈を背景とし,異質な実践知を持つ,いわば異世界に属する人々との越境的な相互交流を促進する可能性を有するという点で,広く社会実践に開かれた価値のあるものだともいえる。 その一方で,教科学習においては多くの者が,授業文脈では学んだ知識を運用できるが,学外の人々との相互交流において応用的に利用することができない「分かったつもり」に陥る傾向も指摘される(田島, 2010)。これは本来,越境的交流の中でこそ活かされるべき学問知が,教室内の交流のみに,その使用が閉じられている問題といえる。つまり教科教育の問題とは,学問知そのものが社会実践に閉ざされているという点にではなく,現状では,多くの学習者がそのポテンシャルを十分に活かすことができず,学外の社会実践との関連を見出すことができないという点にあるのだと考えられる。 本発表では,以上の問題に取り組むべく,実践知との関連からみた学問知に関する理論的視座を提供する。さらに学習者を分かったつもりにとどめず,学問知のポテンシャルの活用を促進し得る教育実践の展開可能性についても検証する。その上で,学習者を異世界へいざなうという学問知の強みを活かした教科教育の社会的価値について論じる。
著者
木村真人 梅垣佑介 河合輝久 前田由貴子 伊藤直樹 水野治久
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第56回総会
巻号頁・発行日
2014-10-09

企画趣旨悩みを抱えながら相談に来ない学生への支援は多くの大学に共通する学生相談・学生支援の課題である(日本学生支援機構,2012)。このような課題の解消に向けて,企画者は悩みを抱えながら相談に来ない学生への支援について,大学生本人の援助要請行動に焦点をあてたワークショップを企画した(木村・梅垣・榎本・佐藤,2012)。ワークショップでの議論を通して,悩みを抱えながら相談に来ない学生に対しては,学生の自主来室を待つだけの姿勢や,学生相談機関のみでの対応・支援には限界があることが明らかとなった。そこで本シンポジウムでは,学内外の多様な資源を活用した支援に着目する。この課題に対して問題意識を持ちながら現場で学生支援に関わっている先生方に,学内外の多様な資源を生かした支援の可能性と課題について,研究知見および実践活動に基づく話題提供をしていただく。学内外の資源として,具体的には学内の友人や学生コミュニティ,およびインターネットを活用した支援に焦点をあてる。話題提供および指定討論者からのコメントを受け,悩みを抱えながら相談に来ない学生への学内外の多様な資源を生かした支援の可能性や課題についてフロアーの方々とともに議論を深めたい。話題提供1:大学生の学生相談機関への援助要請過程における学内の友人の活用可能性―大学生のうつ病・抑うつに着目して―河合輝久(東京大学大学院)悩みを抱えていながら相談に来ない大学生に対する学生支援のうち,うつ病を発症していながら専門的治療・援助を利用しない大学生に対する学生支援の構築は喫緊の課題といえる。なぜならば,うつ病は修学を含む学生生活に支障を来すだけでなく,自殺の危険因子ともされているためである。従来の研究では,大学生の年代を含む若者は,自らの抑うつ症状について専門家ではなく友人に相談すること,友人から専門家に相談するよう促されることで専門家に相談しに行くことが明らかにされている。従って,学内の友人は専門家へのつなぎ役として活用できる可能性が示唆されているといえる。一方で,うつ病・抑うつ罹患者に対して,大学生は不適切な認識や対応をとるとされている他,罹患者に闇雲に関わることで情緒的に巻き込まれてしまう恐れも考えられる。従って,うつ病・抑うつを発症しながら相談に来ない大学生への支援における学内の友人の活用可能性について,うつ病・抑うつを発症した大学生とその身近な学内の友人の双方の視点から,学内の友人を活用するメリットおよび限界を把握しておくことが重要といえる。本発表では,うつ病を発症しながら相談に来ない大学生の学生支援における学内の友人を活用するメリットおよび留意点を概観した上で,学内の友人をインフォーマルな援助資源として有効に機能させる可能性について検討したい。話題提供2:学内資源を活かした支援を要する学生のコミュニティ参加を促す支援の実践―ピア・サポートの活用―前田由貴子・木村真人(大阪国際大学)大学に進学する発達障害学生の増加に伴い,発達障害学生支援の重要性が指摘されている。この発達障害学生支援体制構築に際しては,相談支援窓口となる部署の設置や,教職員間の連携などが必要要素であり(石井,2011),各大学における急務の課題となっている。従来から発達障害を含む何らかの障害を抱える学生や,悩みや問題を抱える学生に対しては,学生相談室が中心となり対応してきたが,特に発達障害学生支援においては,学生相談室での個別対応のみでは不十分であり,学内の様々な部署との連携による支援が求められる。発達障害学生支援においては,当該学生の友人関係構築の困難による孤立化を防ぎ,不登校・休学・退学に繋げない取り組みが重要である。彼らが孤立化する要因として,対人関係上の問題解決スキル不足があり,このスキル教授が支援の中でも大きな位置を占める。しかし,この問題解決スキル行使が可能になる環境が無い場合は,単なる問題解決スキルの知識獲得のみに留まり,その実践からのフィードバックを得ることが難しい。そのため,当該学生の問題解決スキル実践の場への参加促進及び,そのコミュニティ作りが肝要である。本発表では,このコミュニティ作りにおけるピア・サポート活用について言及することにより,「コミュニティの中での学生支援」について検討し,従来の学生相談体制の課題解決に向けた,新たな学生支援の可能性と課題について考察したい。話題提供3:学生相談機関のウェブサイトを通じた情報発信から学生の利用促進を考える伊藤直樹(明治大学) インターネット環境の整備やモバイル端末の急速な普及により,大学のウェブサイトが教育や研究に果たす役割は非常に大きくなった。大学は情報発信のためにウェブサイトを積極的に活用しており,学生も大学の様々な情報にアクセスしている。各大学の学生相談機関もウェブサイトを通じた情報発信を行っており,『学生相談機関ガイドライン』(日本学生相談学会,2013)の中でもその重要性が指摘されている。支援を必要とする学生はもちろんこと,家族,あるいは教職員も学生相談機関のウェブサイトを閲覧し,情報を入手しているものと思われる。しかし,学生相談機関としてウェブサイト上にどのような情報を掲載すべきなのか,また,利用促進につなげるにはどのような情報を掲載したらよいのか,あるいは,そもそも利用促進にどの程度効果があるのかといった問題についてはほとんどわかっていない。今回の自主シンポでは,2004年,2005年及び2013年に学生相談機関のウェブサイトを対象に行った調査の結果をもとに,ウェブサイトを利用した情報発信について話題提供を行いたい。まず,日本及びアメリカの学生相談機関における最近約10年間の情報発信の変化について取り上げ,次に,日本,アメリカ,イギリス,台湾の大学の学生相談機関の情報発信の現状について比較検討する。これらの知見に基づき,学生相談機関のウェブサイトを通じた情報発信の可能性について考えたい。話題提供4:学生支援におけるインターネット自助プログラムの可能性と課題梅垣佑介(奈良女子大学) 厳密なデザインの効果研究により有効性が示された臨床心理学的援助の技法を,インターネット上でできる自助プログラムの形で提供しようとする試みが欧米を中心に近年広がりつつある。特に認知行動療法(CBT)を用いたそういったインターネット自助プログラムはComputerized CBT(cCBT)やInternet-based CBT(iCBT)などと称され,複数のランダム化比較試験により若者や成人のうつ・不安に対する一定の効果が示されている一方,いくつかの課題も示されている。本発表では,イギリスにおいて大学生を対象としてInternet-based CBTを実践した研究プロジェクトの取り組みを,実際の事例を交えて紹介する。イギリスでの展開事例に基づき,非来談学生や留学生への支援可能性といった我が国の学生支援におけるインターネット自助プログラム活用の可能性を述べたうえで,従来指摘されていた高ドロップアウト率といった課題への対処,および大学生への実践から見えてきた新たな課題を検討する。我が国の学生支援の現場で今後インターネット自助プログラムを有効に展開するための議論の端緒を開きたい。(キーワード:学生相談,学生コミュニティ,インターネット)