- 著者
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佐々木 淳
- 雑誌
- 一般社団法人日本老年歯科医学会 第32回学術大会
- 巻号頁・発行日
- 2021-05-19
「何かの時は入院できたら安心」と言われることがよくある。確かに病状が不安定となり、在宅生活の継続が困難であれば、一時的に入院するという選択肢はあってしかるべきである。しかし、在宅高齢者においては、入院によって身体機能・認知機能が低下する。これを「入院関連機能障害」という。フレイルの高齢者にとって、入院に伴う環境変化は心身ともにダメージが大きく、せん妄や認知機能低下が生じる。また食事制限がベッド上安静などによる急速な低栄養・廃用症候群の進行で、要介護度が悪化する。在宅高齢者の緊急入院の50%は肺炎と骨折による。肺炎で入院した在宅高齢者は経過中に約30%が死亡し、退院できたケースは要介護度が平均1.74悪化、骨折で入院したケースも合併症で約5%が死亡し、退院できたケースは要介護度が平均1.52悪化していた。命を守るために、入院は必要不可欠な選択肢である。しかし「入院できれば安心」というのは必ずしも事実ではない。入院が必要な事態がなるべく生じないよう、予防医学的な支援が重要になる。もちろん、加齢に伴い身体機能は低下する。しかし不適切な栄養管理により、低栄養、サルコペニア、フレイル、そして廃用症候群と負のスパイラルに陥り、老化のプロセスを加速させているケースが目立つ。これらは高齢者にとって要介護状態や死亡のリスクを高め、QOLを低下させる。在宅高齢者の健康を守るために、まずは低栄養という病態に対して地域住民や専門職に対する認知度を上げていかなければならない。在宅栄養サポートのターゲットは、その人の栄養状態だけではない。その人の生活であり、その人の人生そのものでもある。在宅医療を受けている患者の多くは治らない病気や障害とともに、人生の最終段階に近いところを生きている。生物学的な栄養改善という医学モデルに基づく介入のみならず、生活の楽しみ、人生への納得のための支援という側面も重要になる。そのアウトカムは必ずしも生存期間の延長だけではない。また、食事は生活の一部でもある。専門職に支配されるものであってはならない。家族の介護負担、経済的負担にも留意しながら、本人・家族が納得して食事を楽しみながら栄養管理ができる「自立した状況」にシフトしていくことを目標としなければならない。どんなに栄養価の高い食材も、単なる「栄養補給」では味気ない。個々の栄養成分の充足率ももちろん重要だが、それはよりよい生活・人生のための手段に過ぎない。また、誰と食べるかも非常に重要なファクターである。食はコミュニケーションでもあり、高齢者の場合には、人とのつながりがその人の予後を左右する。医科歯科介護の連携により、包括的な在宅での食支援を実現し、食べることの本来の意味を見直すきっかけを作りたい。