著者
小山 真人
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
日本地球惑星科学連合2018年大会
巻号頁・発行日
2018-03-14

火山防災対策を進める上で、岩屑なだれ等の低頻度大規模現象の扱いは悩ましい問題である。富士山火山防災マップ(2004年)では、過去の実例(2900年前の御殿場岩屑なだれの流下範囲)を図示するにとどめ、ハザード予測図は描かれなかった。このため、このマップをベースとした現在の地域防災計画や避難計画は岩屑なだれを想定していない。ところが、1707年宝永噴火の際に生じた宝永山隆起(宮地・小山2007「富士火山」)をマグマの突き上げによって説明するモデル(Miyaji et al., 2011, JVGR)から類推して、噴火が長引けば山体崩壊に至った可能性がある。宝永山隆起のような肉眼でも観察可能な山体の隆起は、1980年セントヘレンズ火山の山体崩壊前にも生じた。つまり、現実問題として宝永山隆起のような現象が起きれば麓の住民を避難させざるを得ないだろう。この点をふまえた富士山火山広域避難計画対策編(2015年)には、「本計画で対象外とした岩屑なだれ(山体崩壊)等については、具体的な場所や影響範囲、発生の予測等が明らかになった時点で対象の是非について検討を行う」と記述され、ハザードマップ改訂の議論を始めた富士山火山防災対策協議会の審議課題のひとつとなっている。同協議会の作業部会(2016年)では、御殿場岩屑なだれ(11億立方m)の約1/30にあたる1984年御嶽山伝上崩れ(3500万立方m)程度の崩壊体積であっても、山頂付近で発生した場合には岩屑なだれが山麓に達する計算結果(産総研)が提示された。これまで岩屑なだれのハザード予測を描いた火山防災マップは、北海道駒ヶ岳の例などわずかである。低頻度大規模現象の想定は、住民や観光客に過度の恐怖や誤解を与えると懸念されたからであろう。しかし、自然災害リスクを発生頻度だけから判断するのは適切でない。日本の主要な地震・噴火のリスクを「平均発生頻度×被災人口」によって定量化した試算によれば、富士山の山体崩壊リスク(避難なし)は1立方kmクラスすなわち貞観噴火級の大規模溶岩流リスクと同程度である(小山2014科学)。つまり、山体崩壊は対策されるべきリスクとする考え方も可能である。岩屑なだれを、被災範囲が広すぎて対策不能な現象と単純に考えてはいけない。山腹から生じた場合や発生点の標高が低い場合の流下範囲は限られるし、宝永山のように小さな崩壊体積を想定できる場合もある。さらに、山体崩壊の要因として(1)マグマの突き上げ、(2)爆発的噴火、(3)大地震の3つが考えられるが、(1)は予知が期待できるので避難が可能である。つまり、山体崩壊に対して思考停止しない姿勢が望まれる。日本の防災対策は、ハザードの種類や規模を想定した上で対策を立て、それが完成すれば危機管理はできたと判断する想定主義に従って実施されている。しかしながら、ひとたび想定を超えた災害が発生すれば、その対策は「お手上げ」となりやすく、実際にそれが起きた3.11災害で数々の悲劇が生じた(関谷2011「大震災後の社会学」)。岩屑なだれを想定しない現在の富士山の避難計画においても、それが起きた場合は「お手上げ」となって大きな被害が生じることは想像に難くない。そもそも富士山の火山防災マップは過去3200年間(その後のデータ増により3500年間に相当)の履歴にもとづいて作成されており、御殿場岩屑なだれはこの期間内に起きた現象である。前述した宝永山の山体崩壊未遂の可能性も考慮し、山体崩壊を現象ごと想定から外すのではなく、「お手上げ」状態を避けるために、予知できた場合に備えた現実的な避難対策を立てておくことが望ましい。 岩屑なだれの速度は火砕流並みかそれ以上と考えられるので、山体の変動や亀裂の有無を注意深く監視し、一定以上の異常が生じた場合は麓の住民に事前避難を呼びかけるしかない。その際の危険区域を事前に計算しておけば、異常検知から避難完了までの時間を短縮でき、住民の被災リスクを下げられるだろう。具体的には山体の各所で3ケース程度の崩壊体積を仮定し、到達範囲の数値シミュレーションをおこなってデータベースを作成しておく。実際の運用としては、異常が検知された地点と、異常の程度から推定した崩壊量を上記データベースと照合し、避難を要する範囲を多少の余裕をもって決めることになるだろう。国交省雲仙復興事務所は、平成新山溶岩ドームの山体崩壊対策を検討する委員会を2011年に立ち上げ、作業を続けている。複数の崩壊規模を仮定した上で岩屑なだれの流下範囲を計算し、ハード対策と避難対策を検討した上で、住民を巻き込んだ避難訓練まで実施している。他火山の山体崩壊対策が参考とすべき先行事例であろう。

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