著者
小山 真人
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
JpGU-AGU Joint Meeting 2017
巻号頁・発行日
2017-03-10

小山(2017,科学)は、かつて箱根火山防災マップ作成検討委員会委員をつとめた外部専門家の立場から、箱根山の火山防災に関連した歴史をふりかえるとともに、2015年噴火への当事者や社会の対応を記録し、気づいた点を論じた。本講演では、そのエッセンスを紹介するとともに、紙数の関係で書けなかった総括的な考察と評価をおこなう。箱根火山の2015年噴火はごく小規模であったが、過去3000年間に5度生じたことが知られる本格的な水蒸気噴火に発展する可能性も十分あった。箱根町火山防災マップ(2004年)は、こうした水蒸気噴火による火山弾・火山礫の飛散や火砕サージ・熱泥流の発生を想定し、それらの危険範囲を描いている。その後、2008年の噴火警戒レベル導入にともなって設立された箱根火山対策連絡会議(後の箱根火山防災協議会)は、箱根町火山防災マップをベースとして噴火警戒レベルの各段階での規制範囲を定め、大涌谷地区の避難計画も事前に作成していた。つまり、防災対応システムの大枠が事前にできていた(間に合った)ことと、幸運にも次の3つの自然的要因が重なったために、2015年噴火に対する緊急対応の成功に至ったと評価できる。(1) 噴気異常の発生(5月3日)から噴火開始(6月29日)までの時間が長く、噴火自体も2日程度の短期間で終了したこと(2) 発生した水蒸気噴火の噴出量は100トン程度とごく小規模、噴火に付随した熱泥流もごく小規模、爆発力も弱く火山弾や火山礫の飛散は火口近傍に限られ、火砕サージも発生しなかったこと(3) マグマ噴火に発展しなかったことしかしながら、20世紀初めから2015年噴火に至る箱根山の火山防災にかかわる歴史を振り返ると、2015年時点の防災体制を構築するまでにはいくつかの岐路があり、各時点でプラスに働いた(かもしれない)社会的要因とマイナスに働いた(かもしれない)社会的要因を挙げることができる。プラスに働いた(働いたかもしれない)社会的要因としては、(1) 大涌谷の蒸気井と温泉供給会社の存在と活動(2) 箱根町と火山学会との連携、ならびに大涌谷自然科学館の設置と活動(3) 地元の火山観測・研究機関(神奈川県温泉地学研究所)の存在と活動(4) 2001年群発地震・噴気異常の経験とその教訓(5) 箱根火山の噴火史、とくに大涌谷付近での水蒸気噴火の履歴に関する研究成果の蓄積(6) 群発地震・噴気異常の発生シナリオ・メカニズムについての学術的知見(7) 箱根町火山防災マップの作成とその過程で得られた教訓(8) 噴火警戒レベルの導入とそれにともなう箱根火山対策連絡会議の設置と活動(9) 箱根火山防災協議会(現・箱根山火山防災協議会)の設置と活動(10) 箱根ジオパークの設置とその普及・啓発活動の10項目が挙げられる。また、マイナスに働いた(働いたかもしれない)社会的要因としては、(1) 開発された温泉観光地ゆえのリスク情報公開への躊躇(2) 大涌谷自然科学館の閉館(3) 箱根町火山防災マップ作成過程での噴火想定の限定(マグマ噴火ならびに大涌谷周辺以外の火口を想定せず)(4) 噴火警戒レベル判定基準への固執(レベル2へ上げる判断の遅れ)(5) リスク情報(危険範囲、火山ガス濃度)共有の部分的失敗(6) 噴火シナリオ(および各シナリオの確率推定)の不在(7) 噴火認定の失敗(噴火警戒レベル3へ上げる判断の遅れ)(8) 不透明な意思決定(9) 地元行政・経済への過度の忖度(10) 政治家の不当な介入(11) ジオパークとの連携不十分の11項目を挙げることができるだろう。箱根山2015年噴火の緊急対応「成功」の影には、上記した自然的要因の幸運の上に、過去数十年間にわたって上記のプラス要因をうまく利用し、危ない橋を渡りつつもマイナス要因を抑制してきた当事者たちのたゆまぬ努力があったと認識できる。

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