著者
あしやま ひろこ
出版者
総務省情報通信政策研究所
雑誌
情報通信政策研究 (ISSN:24336254)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.111-132, 2022-12-22 (Released:2022-12-28)
参考文献数
24

現実社会と同じような活動ができる仮想空間としての「メタバース」では、ユーザーは3Dデータ等を自己の「アバター」、すなわち実質的な身体として用いながら生活することとなる。現行のメタバースの中でも自由度が高くユーザーも多いとされるソーシャルVRサービスである「VRChat」では、日本語ユーザーへの既存の調査から、多くのユーザーはアバター用のデータを他者から購入し、加工するかそのままの形で自己のアバターとして用いることが示される。また、ユーザーから人気のある市販アバターの利用規約を分析したところ、殆どで「政治活動」および「宗教活動」が禁止されていることがわかった。この制限は私的自治に関する判例や著作権法、実社会における一般的な契約等に照らしても合理性があると考えられるため、アバターの流通を市場経済だけに任せた場合、多くのユーザーはアバターを購入して利用する場合に、参政権や信教の自由に関連した行為がメタバース上で制約を受けることとなる。しかしこの問題を解消するために、数多く存在する売り手(クリエイター)の意に反して、当該制限を無効とさせるように国家が強制することは解決方法として適切とは言いがたい。精神的自由は国家権力の介入を許さないことが本質であり、公共の福祉による制約は反道徳的・反社会的な結果を生ずる場合にその防止に最小限度において認められる性質のもので、アバターは原理的には誰もが制作可能である以上は利用者の参政権や信教の自由は完全にまでは否定されているわけではなく、クリエイターの思想・良心の自由を一方的に否定することは適当ではないと考えられるためである。また、このような状況でアバターに関する財産権の一部を否定する観点についても、社会全体の利益には結びつかないとも考える。本稿ではこの利益の衝突とでもいえる問題の解決策として、広く国民に対してアバターを自ら作るための技能を習得できるような教育機会の提供と、その手段の提供を保障するという方法を提案する。利用者側が自らアバターを創作できないために他者から購入せざるを得ないという状況こそが根本的な課題なのであるからして、利用者が自らアバターを制作できる状況を国が保障できれば先の問題は解決されると考えられるためである。アバターを自ら作ることができる技能を得られる機会と手段が国民に保障されれば、アバターの売買における私的自治の尊重に対する正当性がより担保され、結果としてクリエイターによる創作文化や経済活動の発展にも寄与するものと考えられる。