著者
イサク アグス ブディ プルノモ 樋口 忠彦 玉川 英則
出版者
一般社団法人日本建築学会
雑誌
日本建築学会計画系論文報告集 (ISSN:09108017)
巻号頁・発行日
no.425, pp.73-85, 1991-07-30

住民に好まれる都市を開発するためには,都市の中のどこが,あるいはどのようなところが愛されているのか,またはよく知られているのかを知る必要がある。このようなことに関連して,チュアン(1974)は,「トポフィリア」(場所愛)という概念を用い,人間の環境に対する愛着を示している。本論文は,この概念を日本の五つの旧城下町という具体的な場において理解しようとする試みである。ただし,アップルヤード(1969)らが行ったように知覚という概念でトポフィリアをとらえるのではなく,環境に対する態度という観点から,ミルグラム(1972)が提起するにとどまった環境認知の根源を実証的に抽出し,都市間比較によりその意味をより明らかにしようとするものである。方法としては,各都市において,下記(2)の5つの項目についてアンケート調査を行い,因子分析により主要2因子を抽出,その因子構造および空間分布特性を分析することにより,各都市のトポフィリアを比較した。本研究の結論は次のようにまとめることができる。(1)本研究で用いた方法は,5つの都市のトポフィリアにかかわる心理学的地図を比較考察するのに有効であった。(2)分析に用いた5つの変数は,因子分析によ・り,2つの因子にまとめられた。すなわち,「頻繁に訪れる場所」と「よく通る道に隣接する場所」の2つの変数に強く関連する直接接触因子,および「美しい場所」と「保護すべき場所」に強く関連する間接接触因子であり,この二元性は,旧城下町のような歴史のある都市の特徴と考えられる。(3)因子構造からみて,5つの都市間の差異は,間接接触的場所(例えば,旧城跡などの歴史的・文化的特色のある空間)が直接接触的場所(例えば,日常買物をする商店街など)の発展によってどのように変容しているか,ということに深くかかわっているということが見いだせた。(4)5つの都市においては,物理的には同じあるいは近接する場所が,心理的には上記の異なる2つの意味を持った場所になっていることが多かった。これも,歴史性のある旧城下町の特徴と考えられる。(5)物理的空間という観点からみると,5つの都市間の差異は,直接接触的場所が,近代的開発に影響を受け分散化される傾向にある度合いに求められることが示された。以上,知覚が,物理的なファクターに影響されやすいのに対して,トポフィリアのような態度は,物理的なファクターに影響されにくいことが分かった。このことより,知覚でなく態度に着目してトポフィリアを研究するという方向性は有効であったといえよう。