著者
浜井 浩一 エリス トム
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
vol.33, pp.67-92, 2008

内閣府等の世論調査によると,現在の日本では,80%を超える人が日本の治安が悪化したと感じ,同じく80%を超える人が死刑制度の存続を支持している.こうした世論や被害者支援団体等に後押しされて,1990年代後半から,日本でも厳罰化が進んでいる.Pratt(2007)のいうPenal Populismの基本は,マスコミを通して語られる市民団体や被害者支援の活動家の体験に基づいた常識的で分かりやすい声によって,司法官僚を含む専門家が刑事政策の蚊帳の外に追いやられた結果,厳罰化が進行することにある.この現象は,現在日本で起きている厳罰化によく似てはいないだろうか.小泉改革以来,力強く,常識的で,分かりやすい解決策がもてはやされるようになった.光市で発生した母子殺害事件は,その事件そのものだけではなく,9年間にわたって続いた公判の様子は,被害者遺族の言葉を通して様々なメディアで報道され,世論の強い支持を背景に,検察官の控訴,上告によって,無期懲役刑判決が破棄され,差し戻し控訴審において死刑判決が下された.この間,治安対策や刑事政策の分野でも,厳罰化に向けた施策が次々と打ち出された.しかし,もともと,Penal Populismは,アメリカのように裁判官や検察官が選挙で選ばれるなど,司法官僚の人事が政治的な影響を受けやすい制度を持っている国で起こりやすい.日本の裁判官や検察官は,司法官僚と呼ばれるように,巨大な官僚機構の一員であり,終身雇用制度のもと人事は政治からほぼ独立している.つまり,国際比較的な観点から見ると,日本は,制度的にみて,Penal Populismの影響に対して最も強い抵抗力を有している国だといえる.このことを前提に,近時の日本の厳罰化の過程を見てみると,Penal Populismとはやや異なった姿が見えてくる.最近の厳罰化に向けた法改正は,刑法,刑事訴訟法の改正や裁判員制度の創設を含めて,厳罰化に向けた量刑等の動きは,市民や被害者遺族の声が大きな原動力となって動き出したものであるが,すべて司法(法務)官僚である検察官を通して実現されたものであり,検察官の権限が縮小された制度改革はほとんどない.日本のPenal Populismの特徴は,司法官僚や刑事法の専門家が抵抗勢力とはならず,むしろ世論と一体となって厳罰化を押し進めた点にある.