著者
カセラ ドンナ
出版者
上智大学
雑誌
アメリカ・カナダ研究 (ISSN:09148035)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.133-144, 1990-03-30

1945年8月6日人類史上はじめての原子力爆弾が広島に投下された日, 被爆者として生き残った人々は, その人生に大きな変化を余儀なくされた。1960年代に至るまで被爆による死者が出ているし, 社会的差別の原因となった後遺症に悩む人々も多い。あの日以来, 人々の肉体も精神も, そして国も脅え続けているとさえいえるのである。1988年12月に筆者の行なった被爆者の口述調査は, 被爆という事件と, それを生き抜いた人々にとって, 新しい重要な意味をもつものとなるはずである。話すことは経験を再現することであり, 当人にとっての残酷な体験を内包しつつも, 単なる個人としての思い出話を証言集として再構築することができた。特に被爆のような劇的体験は個人の経験にとどまらず, 一つの文化全体の経験の記録となる。調査の結果, 個々人の人生とそれをとりまく文化の相方にとって原爆投下は一つのきっかけとなった。つまり以前のありかたは終焉をむかえ, 別の新しいもののはじまりがあったことが明らかとなった。その経験は被爆者たちに新しい価値や認識の方法, 記憶といったそれまでと異なった人生へのアプローチを与えたのである。彼らのうちには, その悲惨をきわめる経験ゆえに, 自分たちが平和の使者となりうるという自覚や真実を伝えていかねばならないという責任感とが共存している。これは, 20人におよぶ被爆者や被爆二世の証言にもとづいた「新たな人生の始まり」の記録である。