著者
ボエ ルイ-ジャン ヴァレ ナタリー シュワルツ ジャン-リュック アブリィ クリスチャン
出版者
一般社団法人 日本音響学会
雑誌
日本音響学会誌 (ISSN:03694232)
巻号頁・発行日
vol.58, no.7, pp.450-458, 2002-07-01 (Released:2017-06-02)
参考文献数
22

世界の言語における母音体系の普遍性を研究する枠組として,分散集束理論(Dispersion-Focalization Theory:DFT)による母音体系予測の仕組みを紹介する。更に,その予測結果をUPSID(UCLA音素目録データベース)所収の実データとの比較により検証し,モデルによる母音体系予測研究の可能性を論じる。DFTは言語で用いられる母音体系がどのように選択され得るかを予測する理論である。母音ホルマント間の知覚的距離を想定した二つのコストが最小となる系が選ばれるとされる。二つのコストとは,(i)母音間距離の拡散度(分散コスト)と(ii)各母音内のホルマント周波数の近接度(集束コスト)であり,前者は母音体系全体の安定性に,後者は個々の母音の安定性に寄与する。DFTによる予測は二つの自由パラメータλとαで制御される。前者は分散コストにおける第1ホルマントに対する高次ホルマントへの相対加重,後者は分散コストに対する集束コストへの相対加重である。最後に,3〜7母音の体系に対して得られた予測結果とUPSID所収の母音体系との比較により,実在の音素目録にうまく適合するλ-α空間の領域を示す。その領域では,現存する母音体系中最頻の系が予測されるだけでなく,ある母音体系の中で生じ得る変異系がその変異が許される程度と共に示される。