著者
スロビック H.G.
出版者
愛知学泉大学
雑誌
経営研究 (ISSN:09149392)
巻号頁・発行日
vol.6, no.2, pp.479-490, 1993-03

米国メリーランド州,ボルティモア市ジョンズ・ホプキンズ大学,グラディ・スタック賞(Grady Stack Award)受賞文学ジャーナリズム教授,ロバート・カニゲル著のこの本は,インドの数学の天才スリニワサ・ラマヌジャンの魅力的な,しかも,その短い生涯の感動的物語である。取材にあたって,著者はインド,イギリス,それから米国を広くかけめぐるなど,並々ならぬ努力を重ねた。ラマヌジャンは生れつき数学の神秘に対して,深い理解をもっていた。かれが青春期を過ごしたインドの教育環境は,かれの数学的才能を励ますどころか,微々たる理解さえも示さなかった。かれは大学も卒業していなかったのである。大学卒業証書のないかれを待ちかまえていた運命は,給料のあまりにも低い取るに足らない仕事ばかりであった。幸い,かれには強い名誉心,不屈の努力,そして数学に対する真の愛情があった。苦しい独学を通じて才能を磨きあげ,とうとうイギリスの名門,オクスフォード大学トリニティ・カレッジの著名な数学教授,G.H.ハーディ先生の注目を引くことに成功した。ハーディ先生の招きでオクスフォードに渡ったラマヌジャンは,数学の研究に没頭し,ハーディ教授,リトルウッド教授やオクスフォードのほかの教授等とともに数々の論文を発表した。これらの論文は,主に整数論の分割論(Theory of Partitions)分野に関するものであった。五年間のイギリス滞在中,ラマヌジャンはケンブリッジ哲学協会の会員に推され,又,トリニティ・カレッジと英国学士院の特別会員にも選ばれた。不幸にも,かれがイギリスに着いてからまもなく,第二次世界大戦が勃発し,栄養失調や厳しい気候のせいか,とうとう結核にかかってしまった。治療も利かず,かれはインドへ帰り,それからしばらくして,わずか三十二歳でその短い生涯を終えた。カニゲル教授は,ラマヌジャンの心理的素質や学究的業績に,豊富な歴史的文化的な詳細を巧みに織り込むことができたからこそ,この著作は学術的伝記物の輝かしい例となっている。