著者
中道 正之 シルドルフ エイプリル セクトン ペギー
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.21, pp.80, 2005

サンディエゴワイルドアニマルパーク(カリフォルニア州)のゴリラ集団において、「母子交換」が自発的に生じた。初産メスA(7歳)が出産当日に子aを床に置き去りにした時、生後11ヶ月の子bを養育中の母B(18歳、経産)が子aを抱き上げて授乳を開始した。母Bは実子のbと養子のaの両方に授乳したり、抱いたりなどの養育行動を示したが、2週間後、実子aの子育てができなかった母Aが子bを抱いて授乳を開始した。子bは約1ヶ月間、実母Bと養母Aの両方から授乳を受けたが、その後は養母のAからのみ授乳を受けるようになり、母子交換が成立した。しかし、その後も、子bは驚いたときなどの避難場所として養母Aだけでなく、実母Bも用いることがあった。<br> 母子交換によって、子bは実母Bからの授乳がなくなり、「母子分離」を経験したことになるが、母子交換開始から1.5年後でも、子bは養母Aだけでなく実母Bをも避難場所とすることがあり、二人の母を持つような状態であった。さらに、養母となった母Aが一度は子育てしなかった実子のaを抱いたり運搬したりするようになり、母子交換から2年後には子aへの授乳が始まった。母Aが子aへの授乳開始から間もなくして、母Aから子bへの授乳が終了した。つまり、子bは3歳で離乳と2度目の「母子分離」を経験したことになる。<br> 2度目の母子分離を経験してからも、子bは養母Aの前でAの胸を見つめる、指先で乳首を触るなどの行動を示すことがあり、さらに、額、頭部、腕などの「毛抜き」を開始した。<br> 子bは1歳のときと3歳のときに、授乳や抱く、運搬などの養育行動をしてくれていた母から離れなければならなかった。同じ集団で暮らしながら、母の喪失という精神的負荷を2度も経験したことが、社会で暮らすゴリラの子では珍しい「毛抜き」という不適切な行動の発現に関係していると推測される。