著者
野島 那津子 Nojima Natsuko ノジマ ナツコ
出版者
大阪大学大学院人間科学研究科 社会学・人間学・人類学研究室
雑誌
年報人間科学 (ISSN:02865149)
巻号頁・発行日
no.34, pp.109-123, 2013

本稿は、病人の「役割」から病の「経験」へと視点を移動する医療社会学の流れについて概観し、その分析枠組みがもつ限界と盲点について考察する。この限界と盲点は、以下の二点に集約される。これまでの医療社会学における慢性疾患研究では、1) 病人役割の取得を半ば自明視しているため、患っているにもかかわらず病人役割を取得できないような疾患を患う人々の経験を適切に説明することができない。2)「 生きられた経験」としての「病い illness」について記述しようとするあまり、患う(suffering)という経験が、「疾患 disease」として現象するプロセスや条件に対して十分な注意が払われない。こうした限界と盲点がもっとも明瞭な形で示されるのは「医学的に説明されない症候群(MUS)」と呼ばれる患いを抱える人々の経験である。本稿では、MUS をめぐる問題から、以下の二点を、従来の医療社会学の盲点を補う視点として提起する。1) 社会は、人がただ「患う」という事態を認めないということ。2) そのために、「診断」は、特定の「患い」が社会的な是認を獲得するためのポリティクスの様相を呈するということ。こうした点から、筆者は「診断」の社会学の重要性を主張する。
著者
野島 那津子 Nojima Natsuko ノジマ ナツコ
出版者
大阪大学大学院人間科学研究科 社会学・人間学・人類学研究室
雑誌
年報人間科学 (ISSN:02865149)
巻号頁・発行日
no.40, pp.87-103, 2019-03-31

研究ノート本稿の目的は、「論争中の病」の代表格とされる筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)に関するNHKのテレビ番組を分析し、ME/CFSがどのようなものとして伝えられてきたか、その病気表象の変遷を明らかにすることにある。分析の結果、ME/CFSは、(1)1990年代には、「女性の弱さ」や「女性の社会進出の代償」として、(2)2000~2010年代前半には、仕事や学校生活でストレスを抱えるすべての「現代人」がかかり得る「現代病」として、そして、(3)2015年には、研究・支援されるべき深刻な「難病」として呈示されていた。こうしたME/CFSの病気表象の変遷は、「異常」の可視化と病気の「脱女性化」という特徴を有している。当初、ストレスや生活に対する女性の心持ちの問題とされていた症状は、次第に「異常」を示すさまざまなデータによって可視化されていった。とりわけ2000年代以降は、患者の脳画像を用いてME/CFSの症状を「脳の機能異常」として説明することが定型化した。また、「異常」の可視化と並行して、当初女性に「特有」の問題とされていたME/CFSは、誰もがかかり得る病気として「脱女性化」されていった。この「異常」の可視化と病気の「脱女性化」は、ME/CFSの表象が深刻な「難病」へと変容することに寄与したと思われる。