著者
樋笠 尭士 ヒカサ タカシ
出版者
嘉悦大学研究支援・論集編集委員会
雑誌
嘉悦大学研究論集 = Kaetsu University research review
巻号頁・発行日
vol.58, no.1, pp.69-84, 2015-10

本稿は、事実の錯誤を考察するに際し、刑法と、その他特別法および行政法規における事実の錯誤の場合を比較し、行為者に必要とされる認識の内実を明らかにするものである。刑法における「事実の錯誤」の「事実」とは、「犯罪構成要件の要素たる事実」を指すものであり、そして、「犯罪構成要件の要素たる事実」とは、所得税法・道路交通法における事実の錯誤においても、刑法の故意概念、すなわち法定的符合説が用いられていると考えられる。ドイツのSchünemannの見解や、ドイツ公課法369条2項の「刑法に関する総則規定は、脱税犯罪行為においても妥当する」という文言に鑑みれば、ドイツにおいても、刑法における事実の錯誤の概念は租税法および経済刑法についてそのまま妥当すると考えられる。こうした理解を基に、学説及び判例を検討し、日本およびドイツでは、事実の錯誤の概念や、行為事情に関する錯誤は故意を阻却するという規範が、刑法以外の法規においても用いられている点、租税逋脱犯においても、両国は、故意の認識対象を「納税義務」と解している点を考察する。そして本稿は、故意が「犯罪構成要件の要素たる事実」の認識すなわち「法定構成要件に関する行為事情」の認識であり、これは刑法および他の法規においても妥当するという結論を導くものである。