著者
ファン H. G. コヴァチェヴィッチ R.
出版者
社団法人溶接学会
雑誌
溶接学会誌 (ISSN:00214787)
巻号頁・発行日
vol.76, no.2, pp.82-89, 2007-03-05
参考文献数
56
被引用文献数
5 10

はじめに アーク溶接は多くの複雑な物理現象を含んでいる.アーク溶接における熱および物質輸送現象のより良い理解はプロセスの最適化や溶接品質の改善に不可欠である.溶接で生じる現象の予測は実験に代わるもう一つの手段として捉えることができ,コストを抑えるとともに厳しい溶接環境から溶接士を保護し得ることが可能になる.さらに,数値計算モデルは実験によって得られ難い複雑な輸送現象も明らかにすることができる.ここでは,アーク溶接プロセスのモデル化をテーマに取り上げるが,工業に幅広く普及しているGTA溶接とGMA溶接を中心に議論を展開したい. GTA溶接のモデル化 溶融池あるいはアークプラズマにおける熱および物質輸送のモデル化については数多くの研究論文の中でよく議論されてきた.溶融池モデルでは最近のトレンドとして3次元化が挙げられる.著者らは添加ワイヤの送給を考慮に入れたGTA溶接の3次元溶融池モデルを構築している. Fig.1は温度場と流動場の横断面図である.最高温度がアーク中心近傍の溶融池表面とワイヤ表面に見られる.溶融池後方への熱量畳のために,溶融池前方の等温線が後方の等温線に比べて明らかに密になっていることが解る.なお,溶融池形状は流動場に示されている.一方,もう一つの最近のトレンドは,陰極-アークプラズマ-陽極を同時に解く統合モデル化であろう.著者らは完全溶込みを考慮に入れた2次元の統合モデルを構築している. Fig.2に温度場のみを示すが,時間とともに溶込みが増加し,アークスタート後2秒では部分溶込みであったものが4秒では完全溶込みに達していることがよく理解できる.完全溶込みの場合,溶融池裏面が形成されるために表面のくぼみが増加していることが解る. GMA溶接のモデル化 GMA溶接のモデル化は溶滴移行,アークプラズマ,溶融池の3つの部分に分かれて発展してきた.溶滴移行のモデル化では,静的釣り合い理論(SFBT)とピンチ不安定理論(PIT)が適用されてきたが,電流変化にともなうグロビュラーからスプレーへの移行形態の変化を表現できなかった.このため,流体力学を応用した数値計算モデルが現在の主流になっている.一方,溶融池に関してはGTA溶接の場合と同様に3次元化が最近のトレンドであり,特に,アーク圧力ばかりでなく溶滴移行による溶融池表面の変形を考慮に入れたモデルが発表されている.アークプラズマに関しても, GTA溶接の場合と同様,溶滴移行-アークプラズマ-溶融池を同時に解く統合モデル化が最近のトレンドである.Fig.3は著者らによる2次元統合モデルの計算結果例である.ワイヤ端での溶滴の形成・離脱,アークプラズマ中での溶滴の移動,溶滴と溶融池との相互作用が時間とともに進展していく様子を見事に予測している.その他 近年,ソリッド自由造形(SFF)のモデル化が進みつつある.ソリッド自由造形には添加ワイヤを含むGTA溶接プロセスを応用したタイプやGMA溶接を応用したタイプがあるが,これらのモデル化は,上述のGTA溶接モデルやGMA溶接モデルに多層モデルを組み合わせることにより実現可能であると考えている.一方,今後の展開として,溶融池サイズ,残留応力,金属組織を予測し,かつ溶接プロセスパラメータの最適化をはかることが重要であり,これらを実現するには,熱的,流体的,機械的,化学的モジュールモデルを統合した溶接の完全プロセスモデル化が必要であると考えている.最近,このような取り組みがなされつつある.また,溶接モデルのほとんどはビード・オン・プレート溶接を対象にしているが,最近,V形溶接継手で特徴づけられるGMAすみ肉溶接の3次元定常モデルが紹介されている.おわりに アーク溶接プロセスのモデル化において,そのトレンドは間違いなく統合モデルであり,そして,その究極のゴールが3次元完全プロセスモデルである.これらの実現に向けてパラレル処理や非構造メッシュなど新しい計算手法が有効であろう.最後に,コンピュータ技術の発展と数値計算科学のさらなる追求は,モデル化の実溶接プロセスへの輝かしい貢献に繋がっていることは間違いない.