著者
ムラツ ドンダル
出版者
Architectural Institute of Japan
雑誌
日本建築学会計画系論文集 (ISSN:13404210)
巻号頁・発行日
vol.71, no.602, pp.225-232, 2006-04-30 (Released:2017-02-17)
参考文献数
77

本稿の目的は,日本建築についてのブルーノ・タウトの思惟方法において,デュアリズムがもつ重要性を明らかにすることである。タウトの建築論において驚異である点は,かれが日本の伝統的建築についての観念をいかに短期間で身につけたかである。1933年5月にかれが来日してからおよそ1年後,タウトは『ニッポン』と題される最初の著作を出版する。かれは滞在の間,他にも日本の芸術,建築,および社会生活について著作を発表するが,最初の著作に示される鍵概念はほぼ同一であり続けた。どのような基盤によって,ブルーノ・タウトは伝統的な日本建築をこれほどまでの短期間で理解することができたのであろうか。本稿において以下の章では,タウトの以前の理論に比較することにより,かれの哲学的アプローチ,とくに二元論的態度が,日本文化一般についてのかれの見方においていかに決定的であり得たかを見たい。これにより,タウトの次のような語,すなわち「デュアリズム(dualism)」が,日本の芸術や建築において最も具体化しているということが明らかにされるであろう。「まず第一に,デュアリズムと,相対する要素間の相反とが,わたしには主要なものであると思われる・・・」タウトのデュアリズムの思索における兆候は,かれの表現主義時代の著作にまで遡る。よってそのような思惟方法の重要性を明らかにするため,第2章ではデュアリズムの態度の背景が,かれの初期の著作を通して論じられる。この論点についての考察は,タウトの1914年の論文,'Necessity'を端緒とする。この論文においてタウトは合理的観念を有し,自らの建築物においてガラスや鉄,コンクリートを用いることを提案する。一方で,かれが理想とする建築物は「たんなる物質的,機能的建築の領域を超えたところ」に至らねばならないという点を強調している。本章では次に,1914年から32年までのタウトの著作を追うことにより,このようなデュアリズムの思惟方法がもつ重要性を論究する。本章で引用される,二重性を有するタウトの表現は,以下のようにまとめられる。すなわち「リアリティとイマジネーション」,「聖と俗」,「実用と美」,「物質と精神」である。第3章以降では,タウトの建築論における,日本建築に関わる二重性について注目する。ここではタウトの言及する日本の伝統的な建築物のうち,著名なものとして伝統的な農家,伊勢神宮,さらには桂離宮など,について言及する。ゆえに本章の前半節(第3章第1節)では,なぜタウトがこれらの建築物を称賛し,いかにこれらの建築物が当時のかれの建築論に結びつきえたのかを問う。とくに本節では機能についてのかれ独自の理解を重視する。すなわちタウトにとって機能とは,次のような3つの鍵概念に基づくものであった。すなわち「日常の他奇なき生活が便利に営まれること」,「尊貴の表現」,「高い哲学的精神の顕露」である。第3章第2節では,タウトが日本建築を評価するその仕方において,デュアリズムの態度の重要性を明らかにすることを目論む。日本建築についてのタウトの解釈は,その多くが,相対する要素を分析することによって成立していた。本節ではとくにデュアリズムの思惟方法が,桂離宮への高い賛辞の表現において非常に強い役割を果たしていることを論証したい。次章(第4章)においては,「デュアリズムの要素の統合」という見出のもと,以下の3節におけるそれぞれの鍵概念に注目することにより,タウトが日本建築において最も称賛した事柄について考察する。すなわち表現(第4章第1節),簡素(第4章第2節),そして哲学的態度(第4章第3節)である。これは,タウトの表現主義時代における考え方にも共通するひとつの同一性を有している。本章はブルーノ・タウトによって注目された,重要な概念を論じる。この章の組立は,かれのスケッチに描かれた,桂へと至る道程に基づいている。桂へと至る道程は,伊勢神宮に始まり,「茶の文化(Tee-Kultur)」を経て,桂離宮における「近代的資質」へと到達するのである。