- 著者
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ラナウィーラゲ エランガー
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集
- 巻号頁・発行日
- vol.2010, pp.165, 2010
人間とゾウの競合(Human Elephant Competition -HEC)は、人間社会とその経済・文化生活、およびゾウの保護活動と環境に対し悪影響をもたらす、人間とゾウとのあらゆる関わり合いと定義されている(IUCN-SSC 2007)。スリランカでは、人口増加とそれに伴う居住地の拡大、および農地開発による森林減少によってゾウの生息地が失われたことで、HECが発生するようになった(Gunaratne & Premarathne 2006)。スリランカの野生生物保護部局によると、HEC によって年間約 150頭の ゾウが死んでいるといわれている。同様に、年間30 人から50 人のヒトが死亡していると推定されている。<BR> 本研究では、スリランカの中央州における人間とゾウの競合の諸相を把握し、農業活動とゾウによる被害の関係とそれを生み出す地域の性格を明らかにすることを目的とする。<BR> スリランカの中央州は人口 2,423,966 で、スリランカで2 番目に人口の多い州である。18世紀半ばから、茶畑とコーヒーの栽培農場、あるいはその他の開発のために山林の伐採が進み、その結果、スリランカの野生のゾウは中央州のほとんどの地域で絶滅してしまった。一部の地域で残存する野生のゾウは生息地をめぐって人間と競合している。人間とゾウの競合関係を明らかにするため、本研究は中央州のマータレ(Matale)地域のピデュランガラ(Pidurangala)地区という農村地域を対象地域とした。この地域では、野生のゾウの正確な生息数は不明だが、およそ150頭から200頭のゾウが生息しているといわれている。そして、ピデュランガラ(Pidurangala)地区の人口と世帯数は565と176である。<BR> ピデュランガラ(Pidurangala)地区には雨季と乾季に基づく特有の農地の利用パターンがある。農家は雨季には水田で米を栽培し、乾季には焼畑農業を行って野菜を栽培していた。しかし、1990年にサンクチュアリや生物保護区となった以降、焼畑農業が禁止されたた。そのため、農家は自宅の庭や敷地内(ホームガーデン)で野菜を栽培するようになった。<BR> この地区にけるゾウによる被害は農作物被害・家屋損害・人身事故という3つのカテゴリに分けられる。その中でも農作物被害が最も多く起こっている。農作物被害は米と野菜の収穫時期に多く発生している。家屋損害は収穫されたばかりの米が多く貯蔵されている時期に集中している。ゾウは米が貯蔵されている家屋を襲い、家屋の一部に貯蔵されている米や野菜を食べようとして、家屋を破壊する。それ以外にも、ホームガーデンで野菜を栽培するようになってからは、ゾウが野菜などの作物を狙って来るようになり、ゾウの襲来とともに家屋被害が起こるケースも多くなった。農作物被害と家屋損害に関連した人身事故の発生件数は少ないが、2009年に2人がゾウに襲われて死亡した。<BR> 人間による農業活動のパターンとゾウの被害は、密接な関係にあることがわかった。ピデュランガラ(Pidurangala)地区は人間の居住地・農業地であると同時に、ゾウの生息地としても重要な地域である。そのため、HECを軽減させる方策の検討が急務となっている。今後は、HECを軽減させるための方策の検討の一つとして、ピデュランガラ(Pidurangala)地区の住民がゾウの生態をどのように認識しているかを明らかにし、ゾウとどのように共存するのかを検討することが重要である。