著者
高橋 恒男 張 達栄 張 徳中 胡 運彪 三沢 裕之 斎藤 秀樹 安日 新 HU Yun Biaou 江 紹基
出版者
山形大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1990

潰瘍性大腸炎の漢方療法を行うにあたり、われわれは小柴胡湯と五苓散の合剤である柴苓湯に着目し臨床応用を開始した。潰瘍性大腸炎の治療に漢方を取り入れた目的は、ステロイドおよびサラゾピリンの副作用の減弱とステロイドの減量にあった。本研究の目的は潰瘍性大腸炎に対する漢方製剤特に柴苓湯の臨床的有用性を検討するとともに、その作用機序を解明するために柴苓湯の免疫能におよぼす影響を検討することにあった。さらに、日本と中国における潰瘍性大腸炎の疫学的差異を検討するとともに、中国における潰瘍性大腸炎に対する漢方療法を学び、本症に有効な漢方療法(漢方処方)を取り入れることにあった。1、潰瘍性大腸炎に対する柴苓湯の臨床効果について活動期の潰瘍性大腸炎患者16名を柴苓湯単独投与群と柴苓湯、ステロイドあるいはサラゾピリンの併用群の2群に分け検討した。その結果、柴苓湯単独投与で寛解導入できた例が認められた。しかし、総じて柴苓床単独投与の臨床効果は柴苓湯、ステロイド、サラゾピリン併用群に劣った。ステロイドとの併用群では、柴苓湯投与によりステロイドの量を減らすことができ、また寛解導入までの期間を短縮することができた。さらにステロイドの減量が可能だったため、ステロイドの副作用発現率も少なかった。柴苓湯はそれ自身も抗炎症作用を有するがステロイドに比較しその作用は弱く、本症に対する柴苓湯投与の意義はステロイド、サラゾピリン作用の補完にある。以上の検討により、潰瘍性大腸炎の治療における柴苓湯の臨床的有用性が確認された。2、潰瘍性大腸炎に対する柴苓湯の免疫学的作用について潰瘍性大腸炎の発症、再燃と好中球、リンパ球による大腸ん粘膜障害の関連が示唆されている。そこで、in vitroでこの粘膜障害を抑制する柴苓湯の効果を検討した。(1)活動期の潰瘍性大腸炎患者の末梢好中球の化学発光(以下CL)におよぼす柴苓湯の効果について検討した。その結果、好中球のCLは活動期に増強しているが、これを柴苓湯で処理するとCLは抑制された。(in vitro)これは柴苓湯が抗炎症作用を有していることを示すものである。活動期の潰瘍性大腸炎患者の末梢好中球のCLは肢苓湯の服用により抑制された。(in vivo)(2)潰瘍性大腸炎患者の大腸粘膜由来の培養T細胞株を樹立しその免疫学的機能を解析した。その結果、培養上清はγIFN,TNF,GMーCSFの各種サイトカインを含み、かつT細胞自体も細胞障害性を呈した。この培養T細胞は、正常大腸粘膜由来のT細胞に比べTNF産生量が多いが、柴苓湯はTNFの産生を抑制した。現在、さらにこの培養T細胞に対する柴苓湯の作用を検討中である以上の検討により柴苓湯は抗炎症作用のみならず免疫調節作用を有することが明らかになった。3、日本と中国における潰瘍性大腸炎の疫学的差異を検討するために平成3年1月に訪中し、西洋医学を主とする上海第二医科大学と、東洋医学を専門とする北京西御院を訪れ資料を交換した。4、中国における潰瘍性大腸炎の漢方療法漢方処方については日本と異なり生薬を使用し、また日本の漢方エキスが手に入らないため単純な比較はできない。原則として潰瘍性大腸炎の薬物療法は、日本と同様サラゾピリンあるいはステロイドを第一選択とする。軽症あるいは中等症の患者のうち難治性のものが、西洋医学部門から漢方診療部にまわってくる。漢方医はステロイド、サラゾピリンを減量しつつ漢方製剤を投与する。漢方製剤の投与法は、日本は異なり内服投与のほかに注腸による投与もおこなう。腹痛に対する内服処方は、陳皮、炒白芍、防風、枳実。血便に対する処方は、白頭翁、秦皮、黄拍、黄連である。内服投与で不十分な場合は、漢方剤の注腸をおこなう。軽症から中等症に対しては、錫類散、黄連素、塩水。中等症から重症例に対しては、苦散、黄耆、白笈、黄柏、雲南白薬、錫類散を注腸する。5、現在柴苓湯以外の漢方剤も検討している。具体的には萼帰膠芬湯や十全大補湯が有力な候補である。