著者
上堂薗 明 石田 英子 ダルマワン 増永 二之 若月 利之
出版者
一般社団法人日本土壌肥料学会
雑誌
日本土壌肥料學雜誌 (ISSN:00290610)
巻号頁・発行日
vol.73, no.6, pp.755-763, 2002-12-05
被引用文献数
3

土壌を生態系の構成要素の一つであるということに重点をおき,集水域生態系における地形・地質・植生などの自然環境因子と,地域住民の野外経験や認識をベースとした知恵にも基づく種々の土地利用という人為的因子の相互作用が,いかに土壌特性に影響を与え,全体としての集水域景観を形成しているかを明らかにすることを試みた.現地調査は,インドネシア共和国,母系制で知られるミナンカバウ族が人口の大半を占める西スマトラ州,アナイ川中流部に位置するシピサン村において実施した.シピサン村住民は,土壌の肥沃度と土壌生成について地形に着目して総合的に理解していた.平坦部においては,水の流れによって山地部と傾斜部から養分に富む土壌が流れてくることにより,土壌が肥沃になると認識していた.集水域内の各地形や土地利用間の関連,生態的特性をダイナミックに認識していた.適度な焼畑は適度の土壌侵食を引き起こし,低地土壌や水田土壌を生成するのに役立つという土壌生成に関する認識は,侵食を有効的に利用する在地の知恵や技術である.在地の地形に着目した土壌肥沃度評価,焼畑地における土壌侵食と土壌堆積に関する認識は,実験室における土壌の理化学分析結果から判断してその正当性が示された.土地利用に着目すると,低地部では水田が拓かれており,村落の周りには自給的あるいは商業的な目的のためのプカランガンやクブンがあり,多年生の樹種と一年生の野菜類などの混作が行われていた.樹種が多様なクブンの景観は,一次林のような多層構造を見せていた.山地部のクブンは,粗放的な管理となっており,標高が高くなるに従い,森林伐採が点在している二次林,多層の林層構造の発達する一次林域となっていた.樹冠が密閉して多層構造の発達する山地部の一次林では土壌侵食は少なく,雨水などによる強い溶脱を受けているために,土壌中の塩基量が少なく,貧栄養で強酸性を帯びていた.一方,水田域や村中心部の畑地は,アナイ川とシピサン川経由で,上流域の肥沃な火山灰土壌が供給されることと人為的な影響,つまり人間による土づくりによって肥沃度が維持されていると考えられた.在地の土壌に関する知恵や知識と技術は集水域単位をベースとし,その景観を創出・保全していることが明らかとなった.