- 著者
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出口 哲生
佐藤 純
上西 慧理子
- 出版者
- 一般社団法人 日本物理学会
- 雑誌
- 日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
- 巻号頁・発行日
- vol.70, no.6, pp.419-426, 2015-06-05 (Released:2019-08-21)
最近,孤立した量子多体系のダイナミクスが活発に研究されている.例えば,レーザーで閉じ込められた冷却原子系において,系の物理量が緩和する過程が実験で観察された.理論的にも相互作用クエンチなど,外場変数を急変化させた後に生じる量子多体系のダイナミクスに関心が集まっている.量子系におけるクエンチの問題は70年代はじめに可解系で最初に議論された.しかし,本格的に注目されるのは今世紀以降と比較的最近で,これは量子系のクエンチが実験で実現可能になったためと考えられる.孤立量子系のダイナミクスは最近,量子統計力学の基礎の視点からも興味を持たれている.量子多体系の純粋状態を任意に一つ選ぶと,ほとんどの場合,物理量の状態に関する期待値は,熱平衡状態における物理量の期待値に非常に近いことが明らかにされた.これを典型性(typicality)とよぶ.そして,初期純粋状態からのユニタリな時間発展の中で,局所演算子の期待値はある平衡状態のアンサンブル平均値に収束する,と予想されている.ここで局所演算子とは,全系と比べて十分に小さな部分系の中で定義可能な演算子のことである.コーヒーにクリームを加えた場合とは異なり,孤立量子系のエントロピーはユニタリな時間発展で全く変化しない.このため,孤立量子系の時間発展の様子を表すのに従来の意味での緩和を用いるのは,厳密に言えば正しくない.しかし,有限系でも自由度が大きい場合,再帰的振る舞いが起きるまでの時間は非常に長く,これと比べてはるかに短時間のうちに,緩和するような振る舞いが観察される.このため,言葉の意味を少し幅広く解釈して,孤立量子系における緩和(relaxation),と表現することが多くなった.最近では,平衡化(equilibration)あるいは初期値に依存しないときには熱化(thermalization)ともよばれる.非可積分な孤立量子多体系の時間発展では,局所物理量の期待値は漸近的にミクロカノニカル分布の値に収束すると予想され,多くの例で確かめられている.一方,可積分量子系にはハミルトニアンと交換する多数の保存量演算子が存在する.このため,可積分系の時間発展は非可積分系の場合とは異なり,一般化されたギブス分布に収束する,という予想が提案された.可積分量子系の非平衡ダイナミクスの特徴を明らかにすることは,冷却原子系の実験結果を理解する上でも興味深いであろう.また,孤立量子多体系のダイナミクスの特徴を研究する中から,量子多体系を制御する一般的方法が発展する可能性もある.このため,応用面からの興味も将来的には十分に考えられる.本解説では,最初に上記のような研究状況のおおよその説明をした後に,可積分量子系を分かりやすく紹介し,非平衡ダイナミクス特に1次元ボース気体での緩和の例を解説する.