著者
下吉 美香
出版者
神戸大学
雑誌
奨励研究
巻号頁・発行日
2011

1.研究の目的物事を「たとえ」を使って表現することは,その物事の本質,しくみをしっかり理解しているということである。また,私たちは,新しい概念を獲得したり,目に見えない現象を概念として獲得したりする時,「たとえ」を用いて表現することが少なくない。つまり,「たとえ」は人の理解を促す効果があると言える。よって,科学概念を「たとえ」を交えながら,他者の合意を得られるように説明しようとすることは,思考を深化させたり,拡張させたりする可能姓をもっていると仮定し,その効果を検証することを本研究の目的とした。2.研究の方法「電気」「宇宙」等,主として,目に見えない科学現象を含む単元で「たとえ」表現をとりいれる場を設定した。また,それ以外の素材を題材としている単元についても,「たとえ」表現を積極的に用い,自分なりの考えをまとめたり,他者の合意を得ることができるような説明をしたりし,科学概念の構築をはかっていくようにした。そして,「たとえ」表現を用いた子どもの様相から,その実際的効果を検証した。3.研究成果(1)意図的に「たとえ」表現を用いていくように支援していくことの必要性「電気」に関する基礎的研究(2011,06)において,3学年では,「カミナリ⇔ビリビリする,稲妻」「花火⇔明るい」など,これまでの経験から表面的に受け止めている傾向がみられた。しかし,6学年では,「魔法使い→量を変えられる」をはじめとし,量の変化,2極性,電流,抵抗といった性質に迫っていく傾向がみられた。これらより,生活経験,既有知識の量が,表現に関係するとともに,学習経験が大きく寄与するとも言える。よって,意図的に「たとえ」表現を用いていくように支援していくことの必要性は明確であると結論づけた。(2)単元終末段階への「たとえ」表現導入の有効性前回調査(2011,06)と比較し,第2回調査(2011,10)では,全体の語彙数,電気の概念をとらえた表現が増加し,単元内での学びに基づきながら表現されているものであった。また,「電気」の生み出され方について,単元の終末時に,電気の利点や特徴等の概念を総合的にとらえた表現が見られ,総合的な概念形成にも有効にはたらくことが示された。これらのことより,単元終末段階への「たとえ」表現の導入は,学習支援として一定の効果があると結論づけた。(3)科学的思考力の深化,拡張を支える「たとえ」表現の効果第6学年を対象とした「宇宙」に関する調査(2011,10)において,月の満ち欠けの周期やその原理について,「機械」「数列」「ボタン」等にたとえ,順序や規則性があることや,継続して変化することを表現し,概念の獲得へ向かっていることが確認できた。また,「太陽」「月」「地球」の位置関係について,「家族」「メリーゴーランド」「シーソー」等にたとえ,互いに関連し合うような生活事象や,距離がありながらも互いに影響し合っている状態を表現し,空間認識の獲得へ向かっていることも確認できた。さらには,宇宙の壮大さ,美しさを「魔法」「宝物」「美術」にたとえた表現もみられた。これらの様相より,「たとえ」表現は,子どもの自然観をゆさぶり,科学的思考の深化,拡張を支えるものとして,有益に機能していくものであると結論づけた。