著者
下崎 久美
出版者
東京藝術大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

20世紀初頭の民族音楽学者アルマス・ラウニス著『ラップランドのヨイク旋律集(1908)』(以下『ヨイク旋律集』)に掲載されている854のヨイクの譜例を対象に、研究者独自の観点から再分類および分析を行った。『ヨイク旋律集』は、1904年と1905年の7~8月に、イナリ、ウツヨキ、コウトケイノ、カラスヨキ、ポルマクの五つの地で23人以上の歌い手からラウニス自身が採譜した824の譜例に加え、他2名の採譜者による30の譜例を加えた計854の譜例をもとに、それらをフレーズ構成というラウニス独自の観点から712種に分類した旋律集である。本研究では、ラウニスが分類の基準としたフレーズ構成の他、各旋律の拍子、音域、音列といった音楽情報を抜き出し、また、それらを歌い手ごとに整理し直すことで、20世紀初頭の北サーミのヨイクの音楽的内容をより鮮明に浮かび上がらせることを試みた。考察の結果、20世紀初頭の北サーミのヨイクは、オクターヴ内の音域、2拍子または3拍子、D-G-A-Bを中心とする4音または5音の音列が典型的な例であることがわかった。これは、現在通説として語られている「オクターヴを超える音域と複雑な拍子」という特徴には当てはまらない。この理由はおそらく、これまでヨイク研究者が参照した録音資料の多くがサーミ人の日常生活において受け継がれてきた伝統的なヨイクではなく、1960年代以降レコード産業を通じて台頭した現代ヨイクの名手による技巧的に発展されたヨイクであるためと考えられる。本研究は、これまで先行研究において伝統的なヨイクと現代ヨイクの音楽的特徴が明確に区別されてこなかった問題点を示唆するものであり、伝統的なヨイクの音楽様式研究は、ラウニス以降に残された体系的な録音群や現代のフィールド調査で得られる録音の分析によって今後も発展の余地が十分にあるといえる。