著者
下條 英子
出版者
文京学院大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2002

昨年度行った研究では、「自覚的な選好判断に先立つ眼球運動のパターンから、その直後の判断が予測できるか」という仮説をたて、健常成人の選好判断課題(強制二肢選択)遂行中の、眼球運動を計測した。その結果、ボタン押しによる選好反応に1秒弱先だって、最終的に選ぶ側への注視確率が急激に上昇していき、80-90%のレベルに達したところで自覚的判断/反応がなされる、という「視線のカスケード効果」を見いだした。視線のカスケード効果が、顔や幾何学的図形に留まらず、より現実的で人工的な刺激、たとえば商品などでも一般的に見られることを示す予備的なデータを得たので、そのことを確認する実験を本格的に行い、現在論文草稿にまとめる段階である。具体的には;(a)指輪、あるいは腕時計の写真を視覚刺激として用いた選好課題(二肢強制選択)を課したところ、従来の刺激と同等に明確な視線カスケード効果を認めた。(b)さらにより現実的な状況(たとえばインターネットショッピング)に近づけるため、一画面に四つの商品(指輪、または腕時計)が提示される四肢強制選択課題にしたところ、依然として視線のカスケード効果が見られたが、従来の80%超の視線の偏りと比較して、最大38%程度にとどまった。(c)四つの選択肢に対応する神経信号が、具体的にはどのように競争しひとつに絞り込まれるのかを知るヒントとして、新たな解析法(「視線エントロピー解析」)を適用した。これは一定の時間スロット毎にいくつの対象に視線が向かったかによって、エントロピーが定義できることと、対象数の多寡に応じてこのエントロピーの値がシステマティクに変わることを利用した解析で、我々の創案による(選好に限らず、また認知科学に限らず、他のあらゆる多肢選択の状況に適用できることに注意)。この解析の結果、多くの場合(被験者/試行)に、選択プロセスはいわゆる"winner-take-all"(勝者が他のすべてを抑制する)の形をいきなり採るのではなく、むしろ「予選-決勝型」(有力候補がふたつ残り、このふたつの間で決勝が行われる)を採ることが推定できた(この点に関する教示は、一切与えていない)。他に類例を見ない、ユニークな成果である。