著者
水野 知昭 下田 立行
出版者
信州大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1999

平成11年度:北欧神話に登場する「馬に乗る神々」に焦点を絞り、オージンを筆頭とする「異境より来往する神々」の原態に探りを入れた。イェーアト国(スウェーデン南西)のベーオウルフは、デンマークにおける怪物退治の報酬として首飾りや胴鎧、その他の贈物を与えられて故国に帰参する勇者であるが、既存の秩序の混乱を招く「恐るべき異人」の側面を露呈している。と同時に、みずからが王に即位して長期の平和を確立し、「幸もたらすマレビト」としての特性を兼ね備えている。また、荒ぶる軍勢を統べ治める神オージンについて、「来訪する死霊神」と「豊饒をもたらすマレビト」という両義的な側面から、その本性を解明した。平成12年度:「海原を渡り来るおさな君」が士地の者に養育され、成長した後に、王に推挙され、平和と豊饒の時代を切り拓くという、北欧の類話を比較考察した。海上の島より来往するニョルズ神と豊饒神フレイにまつわる「古北欧のマレビト」の信仰基盤がその背景に横たわっている。また、中世北欧の教会建立の伝説について、「海からの異人」と「山からの異人」の対立抗争のテーマが隠されていることを、比較神話学・伝承学の見地から実証した。その根底には、アースガルズ塁壁造成神話のみならず、古代トロイアの城塞構築の伝説にも共通する「異人」(異神)来訪のモチーフがひそんでいる。平成13年度:フレイとバルドルは、「双生神」として密接不可分な関係にあり、「異族」の襲来から神界の境域を守護する戦士の役割りを負わせられていた、という新解釈を提示した。また、ヴォルスング王家のシグルズ、デンマークの王子ラグナル・ロズブローク、およびベーオウルフなどの勇者や雷神ソールの群像にスポットを定め、「異人」による「聖戦」(vig)として竜蛇退治の伝説を捉えなおした。また「北欧のマレビト」の代表格ともくされるニョルズの原姿に、航海・遠征からの生還をつかさどり、人々を危難から「救出する」神の側面を認めた。ニョルズの神観念の成立は後期青銅器時代にさかのぼるが、古代ギリシアのネストール(Nestor)の特性との共通性も見えてきた。これらの見地が、今後、異人・マレビト考を深化させてゆくための導きの糸になるであろうことは疑いもない。下田立行は、ギリシア喜劇断片の解読に従事し、ヘーリオドーロス『エティオピア物語』の翻訳を続行中である。前者のギリシア喜劇の中には、市民と非市民、あるいは市民と客人との地位の格差について触れた箇所がある。後者の『エティオピア物語』は、ギリシア・エジプト・エティオピアおよびペルシアなどの広範囲な地域におよぶ散文作品であり、異文化接触の記述が散見される。平成14年度中に刊行される予定である