著者
中山 剛史
出版者
日本宗教学会
雑誌
宗教研究 (ISSN:03873293)
巻号頁・発行日
vol.82, no.2, pp.383-408, 2008

ヤスパースの哲学は、実存と超越者とのかかわりにもとづくきわめて「宗教性」の高い哲学であるといいうるが、他方において、ヤスパースは哲学と宗教との相違を強調し、みずから「哲学」の立場に立って、権威への服従に基づく「宗教」に対して鋭い批判を行っている。とりわけ、「神が人となった」というイエス・キリストにおける神の「啓示」を唯一絶対の真理とみなすキリスト教の「啓示信仰」に対して、超越者の「暗号」を聴きとる「哲学的信仰」の視点から批判的な対決を行っている。ヤスパースは「啓示信仰」に対して、(1)神人キリストの放棄、(2)啓示の暗号化、(3)排他的唯一性の放棄という「三つの放棄」を要求するが、これは「啓示信仰」を「哲学的信仰」へと解消させることではなく、むしろキリスト教が教義への束縛と排他性の要求から脱け出て、その根源にある「真摯さ」へと立ち還ることを呼びかけるものである。ヤスパースの宗教批判の意義は、異なった信仰の根源同士が相互に出会いうる開かれた対話の道を開くことにあるといえよう。