著者
饗場 篤 中村 健司
出版者
東京大学
雑誌
重点領域研究
巻号頁・発行日
1996

本研究では、化学発がん物質をH-ras遺伝子欠損マウスに用いて、発がんにおけるH-ras遺伝子の役割を直接検証すること、および新たながん遺伝子を単離することを目的とした。H-ras遺伝子欠損マウスおよび野生型マウスにDMBAの単回投与およびTPAの反復投与により、パピローマの形成能を調べた。その結果、野生型では一匹あたり、平均約16個のパピローマが観察されたのに対して、H-rasヘテロ型欠損、ホモ型欠損マウスでは、その2分の1、および7分の1程度の数のパピローマしか観察されなかった。このことはH-ras遺伝子がパピローマの形成において重要な役割を果しているが、その形成に必須ではないことを示している。また、パピローマのDNAを抽出し、H-,K-,N-rasのすべてについて12,13,61番目のアミノ酸残基をコードするDNA塩基配列を決定したところ、野生型マウスに形成されたパピローマのDNAではすべてH-rasの61番目のコドンに突然変異が検出された。一方、H-rasホモ型欠損マウスに形成されたパピローマのDNAでは半数以上でK-ras遺伝子の12,13,61番目のコドンのいずれかに突然変異が検出され、他のパピローマでは、K-,N-ras遺伝子のいずれにも突然変異は検出されなかった。この結果により、K-ras遺伝子の活性化によってでも皮膚パピローマの形成はおこることを初めて示すことができた。今後は同様の系を用いて、腫瘍の悪性化にどのようにH-ras,K-ras遺伝子および他の発がん遺伝子が関与しているかを検討したい。