- 著者
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中村 和恵
- 出版者
- 明治大学大学院教養デザイン研究科
- 雑誌
- いすみあ
- 巻号頁・発行日
- vol.1, pp.83-87, 2009-03
ゾンカ(Dzongkha)という耳慣れない単語がブータソの国語を指すことばであると知ったのは、ある匂いがきっかけだった。最初に気づくお香のような、やや湿り気と苦味のあるたたずまいはたしかに東洋風だが、ふと横を向くと甘い花の蜜のようなこじんまりした植物の空間がひろがり、記憶をたどると香菜(コリアンダー)にいきあたる、そんな癖のある匂い。匂いというものは不思議で、連想されるのは草花や果物、スパイス、動物、樹木や土といった具体的なものだけではない、空間の広さ、親密さ、風と雨の気配、見たことのない国の印象、時間や速度や精神状態といった抽象的な概念まで、空気中の微量な物質が一瞬にしてこれだけの感覚につながっていく。