著者
山下 淳志郎 堤 史朗 中田 重厚
出版者
明星大学
雑誌
一般研究(B)
巻号頁・発行日
1991

この研究の目的は1890年代における近代製糸業の展開に伴う岡谷地域社会の構造転換の構造発生的把握である。その為1)岡谷近代製糸業成立・展開の構造的・機能的契機把握の問題、2)岡谷近代製糸業と経営・労務管理の展開、3)製糸労働力市場の再編と地主制共同体規制の三論点に焦点を絞り、国家・地域相互の媒介的規定関係を解明把握せんとした。岡谷近代器械製糸業は、地域レベルの自然的、社会構造的条件によるだけではなく、むしろ早急の近代化を目指す国家レベルにおける殖産興業政策の一環たる官による県営製糸場の設立、指導と民営育成促進の如き誘導勧業に応じ展開するが、国家独占資本蓄積機構整備上設置された国立銀行、その背後の日本銀行等金融関係による淘汰過程を通じて、片倉等大製糸の集中化とこれによる地域社会支配の構造基盤形成が現実化して行くのである。岡谷製糸業の労務管理施策は、その方向づけが農家経済の低生産性に依存する官僚主導案の中に先取り的に示され、その先導のもとで1870年代後半の開明社、80年の友誼社(工女取締り規則)、87年の共同揚返場の設立を経て、1902年の製糸同盟規約(女工登録制度)において整備され、工女労働力の確保は差別的に賞罰規定を含んだ等級賃金制によって果され、この事はまた貧困農家に原料繭の買い叩きを受認ならしめた。かくして製糸業労資関係は低生産の農家経済と封建的なイエ制度を構造的に組み込み、前近代性を性格付けられた。しかしこの前近代性の可能契機を成したのが、原料繭と工女労働力市場の調達を容易ならしめた地主制共同体規制の存在であるが、工女労働力市場の外延化に伴う労働力市場及び企業内支配秩序の機能的使い分けに依拠した地主制共同体規制の再編が、地域社会の全面的支配を完遂させ、岡谷近代器械製糸業の産業資本的発展を可能としたのである。