著者
長野 学 中西 修平
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.266-270, 2013-04-15

はじめに 糖尿病治療の目標は,良好な血糖コントロールにより,血管合併症の発症や進展を予防することで健康な人と変わらない日常生活の質を維持し,健康な人と変わらない寿命を確保することである.血糖コントロールにおいては,単にHbA1c値を改善することだけでなく,血糖の変動幅を小さくすることや,低血糖を回避することも重要である1). 強化インスリン療法を始めとするインスリン療法は,確実に血糖を低下させることができ,その有用性についてはこれまで多数の臨床研究で証明されている.また,2型糖尿病患者でも診断時にはインスリン分泌能は健常人の約50%程度しか残存していないばかりか,罹病期間が長くなるとともに膵β細胞機能が徐々に低下していくことが,UK Prospective Diabetes Study(UKPDS)で明らかにされている2).特に日本人はインスリン分泌能低下が2型糖尿病患者の主病態とされていることから,外因性インスリンを補うことは理に適った治療法といえる.しかし,インスリン単剤療法ではインスリン増量による低血糖や体重増加をきたしやすいことから患者のQOLやコンプライアンス,ひいては治療意欲の低下を招き,十分な血糖コントロールを得られない場合も少なくない. こうしたインスリン治療の状況をふまえ,さらなる血糖コントロールを目指して,これまでインスリンとさまざまな種類の経口血糖降下薬の併用が試みられてきた.インスリン抵抗性が高度な症例ではビグアナイド薬やチアゾリジン薬などのインスリン抵抗性改善薬を併用することで,インスリン量を減量することが可能である.またSU薬やグリニド薬などのインスリン分泌促進薬を併用することで,内因性インスリン量を増やし,重要なインスリン標的臓器である肝臓への生理的なインスリン供給が増加し,インスリン注射量や注射回数の減量が期待できる. DPP-4阻害薬は血糖依存的に内因性インスリン分泌を増幅させるだけではなく,グルカゴン分泌を抑制する3).また,膵β細胞の保護作用や,肝臓における糖取り込みの亢進など,多彩な効果を示すことが知られている3, 4).2009年にDPP-4阻害薬であるシタグリプチンが国内で初めて臨床使用が可能となって以来,DPP-4阻害薬やGLP-1受容体作動薬といった種々のインクレチン関連薬が臨床現場に普及し,2型糖尿病の薬物療法における選択肢は大きく広がった.そして2011年9月,シタグリプチンとインスリンとの併用投与が国内でも可能となった.DPP-4阻害薬は既存の経口血糖降下薬とは作用機序が異なることから,インスリンと併用することで糖尿病治療における有用性が期待されている. 本稿では,海外・国内での臨床研究と当院でのシタグリプチンとインスリンの併用経験を合わせて,DPP-4阻害薬とインスリンの併用療法の有用性について概説する.