著者
井上 春緒
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2015-04-24

本研究は北インドの古典音楽であるヒンドゥウターニー音楽におけるペルシャの影響を、14世紀から18世紀に書かれたペルシャ語音楽書の記述を基に明らかにするものであった。ペルシャ語音楽書を使い、前近代における北インドの音楽文化交流の歴史に焦点を当てた本研究は、インド音楽の文化史研究としては、これまでにない新しい領域を開拓するものであった。本研究ではまず、ペルシャで書かれたペルシャ語音楽書を読み、ペルシャのリズム理論イーカーゥの分析をおこなった。イーカーゥの理論が体系化される上ではアラビア音楽書の影響があることがわかったため、アラビア語音楽書を書いた、アラブの哲学者についても研究し、彼らのリズム理論の特徴を分析した。次にインドで書かれた音楽書を取り上げ、それらのリズム理論の内容を分析した。特に重要であったのは、18世紀後半のインドで書かれたリズム理論が、ペルシャのリズム理論の用語で翻訳され説明されていることであった。このことから、音楽書の上では18世紀以降に本格的にペルシャのリズム理論がインドのリズム理論に影響を与えているということがわかった。また、本研究では当時のペルシャとインドのリズム理論の特徴をそれぞれ、「組み替え型」と「分割型」と定義付け、それらの特徴が現在のヒンドゥスターニー音楽のリズム演奏とどのような関係にあるのかを分析した。その結果、タブラーのソロ演奏の前奏部にあたるペーシュカールの中に両者の特徴を見ることができた。これによって当時の音楽文化交流の痕跡を、現在の音楽を通して跡付けることができた。