- 著者
-
井口 梓
- 出版者
- The Association of Japanese Geographers
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集
- 巻号頁・発行日
- pp.100150, 2012 (Released:2013-03-08)
高度経済成長以降の日本では、都市部への人口流出が進んだ。1970年代の都市部には幼少期を農村地域で過ごし、大学進学や就職を機に上京する若者が急増した。この時期における農村へのUターンという行為は、「都市での挫折」を想起させる場合もあった(山田1992)。しかし、1980年代には農村回帰を志向する都市住民があらわれ、農村に都市住民が移り住む現象を「田舎暮らし」と称し、次第に様々な雑誌やテレビ番組を通して、社会現象として取り上げられるようになった。「田舎暮らし」という現象はいつから生じ、都市住民のイメージする「農村での暮らし」はどのように変化したのか。本発表は、都市住民の農村移住、とくに「田舎暮らし」というキーワードに着目し、その実態と変化を検討することを目的とする。本発表では、新聞記事、雑誌『田舎暮らしの本』などメディアによるイメージの形成や、民間企業による商品造成、自治体による移住促進事業など、「田舎暮らし」をめぐる様々な動向を踏まえ、以下の4つの時期に分けて検討した。。1983年に「田舎暮らし」という言葉が用いられるようになった当初、その暮らしぶりは、都市的要素を極限まで排した原始的な農村生活と、有機農業に従事した生活設計が追求されていた。有機農業や自給自足、農地や家屋、生活財の手作りにこだわるライフスタイルは、現在の「田舎暮らし」でも志向されており、都市とは対極の存在として「田舎」を認知する農村観は、30年経過した現在も変化していない。バブル経済期や2007年問題など、社会の大きな変動を背景として、「リゾート」や「グリーンツーリズム」、「農村回帰」、「団塊世代」、「エコ」、「ロハス」など、その年々の流行を取り入れつつ、「田舎暮らし」のイメージは著しく変化してきた。そこには、「田舎暮らし」をあっ旋する民間企業や情報発信するメディア媒体、支援事業を実施する行政、受け入れる地域社会、移住者自身など、様々な主体の思惑や価値観が存在し、これらがせめぎ合うことで、それぞれの時代に適合した「田舎暮らし」を商品化してきたことが明らかとなった。