著者
交野 好子 佐藤 啓造
出版者
昭和大学学士会
雑誌
昭和医学会雑誌 (ISSN:00374342)
巻号頁・発行日
vol.61, no.4, pp.448-457, 2001
被引用文献数
1

本研究は妊娠期の妊婦および胎児の父親を対象に, 妊娠の期待度や受け止め方, 胎児に対する思向等の胎児認知のあり方を明らかにするものである。その上で本研究は妊娠期の心的ハイリスクから, 将来の育児不安, 育児放棄, 虐待等の素因を, 早期診断できる測定具の開発を目指した基礎研究として位置づけられるものである.研究方法は質問紙を用いた自記式調査である.調査対象は妊婦429名, 回収率100%, 有効回答は418名 (98.1%) , 父親は230名, 回収率80.0%, 有効回答182名 (99.5%) であった.質問内容は (1) 年齢, 初妊・経妊別, 妊娠週数, (2) 妊娠の期待度および喜びの度合い, (3) 妊婦は父親となる夫が妊娠を喜んでいると感じているか, また逆に, 父親は妊婦が妊娠を喜んでいると感じているか否かである.さらに, (4) 妊婦および父親がどのように胎児・新生児ならびに出産後の育児等の状況イメージを描いているかについての質問22項目で構成されている.研究結果は妊娠の期待度, 妊娠の喜びの有無ならびに程度は, 妊婦と父親では異なるこが判明した.妊婦は妊娠の期待度・喜び度が高く, さらに父親になる夫が妊娠を喜んでいると感じている場合には, 胎児ならびに新生児の状況イメージが豊かに描けていた.それに対して父親は, 妊娠の期待度や妊婦が喜んで妊娠を受け止めているか否かでは平均得点に差は認められなかった.妊娠を喜んでいる場合のみ, 想像項目の中でも体内胎児および出産場面では想像の平均得点に開きが認められた.想像は妊婦の胎児認知の様相を表すには, 有効な方法であるが, 父親については今後検討していく必要性が示唆された.妊娠を父親が喜んでいると感じるか否かが想像得点を左右する点では, 妊婦が胎児を喜んで受け入れ, 愛情を注ぐことができるには夫の感情が大きく影響していると言える.鈴木の「子どもの虐待リスク因子」によれば, 虐待者は実母 (67%) が実父 (24%) をはるかに上回っている.一般的には, 「お腹を痛めて産んだこどもを母親は何故虐待するのか」と問われる.しかし, 本研究結果からみると, 妊婦の胎児認知は自分はもとより, 夫が妊娠を喜んでいるか否かに依拠していることが明らかになった.妊婦と胎児との関係にはその空間に夫の感情や夫婦関係が胎児認知のあり方に影響していることが推測される.妊娠中の心的ハイリスク因子は (1) 何らかの理由により妊娠を期待しない, (2) 自分も夫も妊娠を喜んでいないに加え, (3) 体内胎児や新生児ならびに出産後の育児等の状況イメージが描けないことにある.これらの妊婦に対応した場合, 継続的な心理的支援が必要であると考える.