著者
今久保 伸二 中土 保 大橋 弘嗣
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2002, pp.249-249, 2003

【はじめに】股関節外転筋力は歩容に大きく影響する。この度、人工股関節全置換術(THA)の前後において筋力が同等であるが、術後早期に歩容改善を認めた症例を経験した。そこで力学的な側面から検討を加え、歩容の安定化に影響した要因を調査した。【対象】57歳女性、身長148cm、体重50kgで左右とも進行期変形性股関節症であった。【経過】平成2年から左股関節の疼痛を自覚し、他院受診し変股症の診断を受け保存療法を継続していた。疼痛増悪にて平成13年2月当院整形外科を受診、当部において荷重下での運動療法を開始する。経過良好であったが、平成14年7月ごろより再度疼痛増悪し、平成14年10月に左THA施行にいたる。【方法】三次元動作解析装置(バイコン512)を使用し、術前と術後14日目の静止立位・片脚立位および歩行時における股関節内転角、モーメントおよび反対側骨盤挙上角度を求め、術前後の値を比較した。歩行速度は自由歩行とした。なおキンコム500Hを用い術前後に股外転筋力測定を行い、側臥位にて股関節中間位より最大等尺性収縮を5秒間記録し、その中の3秒間の値を平均し実測値とした。【結果】(1)実測値は術前67Nm、術後60Nm。(2)片脚立位時の最大内転角は、基準となる立位と比較して術前3.5度外転位、術後2.7度内転位で、その際反対側骨盤挙上は3.6度と1.1度であった。(3)片脚立位時の最大内転モーメントは術前15.3Nm、術後13.9Nmで、それぞれ最大内転後0.2秒後と0.17秒後であった。(4)歩行立脚期における股関節最大内転角は、術前13.5度、術後8.4度で、それぞれ踵接地から0.16秒後と0.19秒後であった。また同時期の反対側骨盤の下制は6.2度と2.8度であった。(5)歩行立脚期の股関節最大内転モーメントは術前23.8Nm、術後33.1Nmで、それぞれ最大内転後0.08秒後と0.07秒後であった。【考察】術前後ともに実測の股関節外転トルク値は、歩行および片脚立位時内転モーメントを大きく上回り、筋力的には十分と考えられる。その中で術前は股関節外転位・骨盤挙上にて片脚立位を安定化させる代償性の姿勢を取り、歩行立脚期には過度の骨盤下制を認めた。しかし術後は14日目という早期でありながら、股関節内転位で片脚立位が可能となり、より正常に近い姿勢が保てるようになった。その際モーメントの立ち上がり時間に遅延を認めたが、これは予測しにくい片足立ちという動作の特性が影響したと考える。また一般に変股症患者の歩行では、筋収縮タイミングの遅延が認められる。本症例においては術前において歩行中アライメントの崩れを認めたものの、モーメントの立ち上がりに関する遅延は認めなかった。荷重時のモーメントの立ち上がりが術前で失われなかったことが、早期の歩容改善をもたらした要因ではないかと考える。