著者
小倉 正基 今枝 裕二 阿部 光 富田 正身 福田 卓民
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48102095, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに、目的】足関節の可動性が低下することで立位姿勢のアライメント異常や歩行バランス低下、歩容の異常などが生じるといわれている。しかし身体機能の低下にともない歩行が困難となり、日常生活での起立や移乗に介助を要するような高齢者を対象とした足関節の可動性に関する報告は少ない。足関節の背屈制限は、起立や移乗の介助量増加や動作能力向上の阻害因子にもなり、引いては離床機会の減少につながると考えられ、自立歩行や立位が困難であっても可動性を維持する必要のある関節であると考える。今回、足関節の可動域が生活に与える影響を検討することを目的に、療養病床における高齢障害者の生活状況と足関節背屈制限の関係について調査した。【方法】対象は2012年8月に当院在院中の708名(男性:161名、女性:547名、平均年齢88.0歳)とした。生活状況は障害高齢者の日常生活自立度に準じ、A群(81名)、B群(328名)、C群(298名)の3群に分け(Jは該当者無し)、それぞれの左右足関節背屈可動域(膝関節屈曲時および伸展時)を測定し、その平均値を比較した。統計処理はt検定を用い、有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】研究は院内で検討し承諾を受け、対象者またはその家族に研究の目的と方法を説明し同意を得た。【結果】膝屈曲時の足関節平均背屈角度は、A群は右16.7±8.1°/左16.2±8.2°、B群は9.4±9.7°/9.0±9.7°、C群は-6.1±18.2°/-6.0±18.3°であり、膝伸展時においてA群は右5.5±6.0°/左4.9±6.5°、B群は-0.7±8.7°/-0.3±8.6°、C群は-13.9±16.6°/-14.4±16.5°であった。足関節背屈角度は膝屈曲時および伸展時ともにA群とB群、B群とC群との比較において有意に減少していた。【考察】加齢にともない足関節背屈可動域は減少する傾向にあるとされているが、今回の調査では生活状況により3群に有意な差がみられ、A群に比べB・C群の足関節背屈制限が著明であった。B群は移動が車椅子主体であり、移乗動作を自立または介助により行なうものの、日中は座位中心で膝関節屈曲位、足関節底背屈0°前後の肢位で過ごす時間が長いと思われ、歩行のような連続した足関節底背屈運動の機会がないことによる足関節周囲筋の伸張性低下が考えられる。また、膝伸展時の平均背屈角度は0°を下回っており、移乗時に立位をとる際にも膝関節は完全伸展位にならず、二関節筋である腓腹筋が十分に伸張されていない場合が多いものと考えられる。また長時間の座位保持による影響から足関節周囲に浮腫がみられることも多く、足関節可動域制限の発生因子となっている可能性がある。C群は日中の臥床時間が長く、足関節は底屈位のまま保持されていることが多い。自動・他動での関節運動の機会が少なく、筋や腱の伸張性低下が生じやすい状況にあると考えられる。沖田らは弛緩位で不動化された骨格筋は伸張位で不動化された場合より短期間で筋長が短縮したと報告している。また不動の期間が長期化することにより骨格筋だけでなく、関節包や靱帯などにも器質的変化をきたすとされている。C群では-60°以上の背屈制限を呈する者もみられ、器質的変化が関節包や靱帯などに及んでいる可能性もあると考える。今回は横断的な調査であり、経時的な変化や効果的な介入については今後の課題である。B群はC群の予備軍と捉え、離床し車椅子に乗車するだけでは足関節の可動性は低下する可能性があるため、足関節周囲筋の収縮・弛緩を引き出しながらの立位練習による伸張性の維持、足関節自動運動やストレッチなどの積極的な介入が必要と考えられる。また対象者の能力を最大限に活かせる介助方法の指導により、日常生活動作で機能維持を図ることも重要である。当院ではC群の対象者でもリスクを考慮しながら可能な場合は立位練習を実施している。離床機会が減少し臥床傾向になると短期間で背屈制限が生じる可能性もあるため、常に身体状態を把握し、立位練習やストレッチなどで足関節の可動性維持を図る必要があると考えられる。【理学療法学研究としての意義】今回の調査結果は、療養病床における足関節背屈制限の状況を生活状況別に示し、これからの検証と介入の必要性を示すことができたものと考える。理学療法の分野として今後は経時的な変化を追うこと、積極的な介入による効果判定を示すことが必要であると考える。