著者
櫻井 好美 石井 慎一郎 前田 眞治
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48101960, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに、目的】 女性は同競技の男性選手よりも前十字靭帯(ACL)損傷の発生率が高く月経期の発生が多いことが報告され,これは月経随伴症状の影響であるとされている.一方,組織学的研究では女性ホルモンがACLのコラーゲン構造と代謝に影響を与えることが解明され損傷リスクが高いのは黄体期であると示唆されており,疫学的研究と異なるものである.また,競技関連動作中の膝関節運動について男女差を検討した報告は散見されるが,月経周期と膝関節の動的アライメント変化の関係については明らかになっていない.そこで本研究はPoint Cluster法(PC法)を用いた三次元運動計測により着地動作中の膝関節運動を解析し,月経周期との関連を調べることを目的に行った.【方法】 被験者は下肢に整形外科的既往がなく,関節弛緩性テストが陰性の健常女性30名(19~24歳)と健常男性10名(20歳~23歳)とした.女性には12週間毎日の基礎体温と月経の記録を求めた.三次元動作計測は7日ごとに12回行い課題は最大努力下での両脚垂直ジャンプとし両脚同時に着地した.被験者の体表面上のPC法で決められた位置に赤外線反射標点を貼付し,三次元動作解析装置VICON 612(VICON PEAK社製)を用いてサンプリング周波数120Hzで計測した.また床反力計(AMTI JAPAN社製)を用いて足尖が接地するタイミングを確認した.各標点の座標データをPC法演算プログラムで演算処理を行い,膝関節屈曲角度,内・外反角度,脛骨回旋角度,大腿骨に対する脛骨前後移動量を算出した.三次元動作計測と同日に大腿直筋,大腿二頭筋,半膜様筋の筋硬度を測定した.先行研究の手法に則り体温と月経の記録から低温期と高温期に分け,さらにそれぞれを1/2ずつにして月経期,排卵期,黄体前期,黄体後期の4期間に分けた.各期間のデータの比較には反復測定による分散分析を,男女の比較にはT検定を用い,それぞれ危険率5%未満をもって有意とした.【倫理的配慮、説明と同意】本研究は所属施設の研究倫理審査委員会の承認を得ている.被験者には事前に書面と口頭で説明を行い研究参加の同意署名を得て実施した.【結果】 着地直後,全被験者において膝関節屈曲・外反・大腿骨に対する脛骨の内旋が起こった.よって,最大内旋角度,最大外反角度,脛骨最大前方変位量について比較した.内旋角度は黄体前期が他の期と比べて有意に大きく,黄体前期をピークとして月経期まで増加傾向であった.また男性の最大内旋角度より有意に大きくなった.男性は12週間で変化はみられなかった.外反角度については4期間で変化はなかったがすべての期で男性よりも大きな値となった.脛骨前方変位量は黄体前期が他の時期と比較して有意に大きくなった.筋硬度については女性の大腿直筋・大腿二頭筋は黄体前期と後期が月経期・排卵期と比較して有意に高い値を示した.半膜様筋は,統計的有意差は認められなかった.男性は12週間で変動はみられなかった.【考察】 黄体前期には脛骨の内旋角度と最大前方変位量が増大した.先行研究にてヒトACLではエストロゲン濃度の上昇に伴い線維増殖や主要な構成要素であるTypeIコラーゲンの代謝が減少し弛緩性が増加すること,濃度上昇から弛緩性が変動するまでに3日程度のTime-delay(TD)があることが報告されている.エストロゲン濃度は排卵期にもっとも高くなる.本研究でみられた黄体前期の内旋角度や脛骨移動量の変化は,このTDにあてはまるものと考えられる.また血中エストロゲン濃度は黄体後期にも再び上昇するためTDは月経期まで持続し,粗になったACLの構造が回復するまで損傷リスクが高い状態であるといえる.ACLは膝関節の前方剪断と脛骨内旋を制動する第一義的な組織であり,弛緩したことで前方変位量と内旋角度が増加したものと考えた.さらに,黄体前期と後期には大腿直筋と大腿二頭筋の筋硬度が増加した.筋硬度はγ運動ニューロンと交感神経によって制御されている.交感神経は黄体前期に活発になるとされており,筋硬度の増加は交感神経の働きによるものと推察した.そしてこの筋硬度の上昇はACLの構造が粗になる黄体期に,筋によって膝関節の剛性を増し対応するためであると考えられた.以上のことから月経期は黄体期と比較して脛骨の内旋・前方変位が減少するものの筋硬度の低下によって膝関節の動的安定性が得られにくい時期であることが示唆され,ここに月経随伴症状が加わることでACL損傷リスクが高まると結論付けた【理学療法学研究としての意義】 本研究結果は女性のACL損傷予防ための有益な知見になるものと考える.
著者
白尾 泰宏 小牧 順道
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48100477, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに、目的】上部体幹の不良姿勢として頭部前方位がある。この不良姿勢は頚部後方組織のメカニカルストレスの増大や、肩甲帯機能不全の主因とされており、その発生機序としてJandaが提唱する上部交差症候群といわれる筋のアンバランスが存在するといわれている。臨床上、腱板損傷やインピンジメント症候群等の肩疾患においてこの頭部前方位の不良姿勢が存在していることをよく経験する。今回の研究は、頭部中間位と前方位における肩甲帯周囲筋の筋活動を分析し肩甲帯機能への影響を調査するものである。【方法】健常成人11名(男性3名女性8名平均年齢31.5歳)を対象に、背もたれ付椅子に坐位となり利き手側肩関節中間位で90°屈曲し1kgの重錘バンドを手関節に乗せ、3秒間保持し頭部中間位、頭部前方位(5cm前方移動)での棘下筋、三角筋前部線維、前鋸筋、僧帽筋上部線維、僧帽筋下部線維の筋活動を調査した。頭部位置は椅坐位にて骨盤中間位としレッドコードを使用して矢状面での肩峰中心と外耳孔の位置を測定しそれぞれの頭部位置を決定した。筋活動分析にはキッセイコムテック社製コードレス表面筋電計MQ-AIRを使用し、測定筋の位置は、棘下筋は肩甲棘の中央下2横指、三角筋前部線維は肩峰前端と三角筋粗面を結ぶ線上の肩峰下2横指、前鋸筋は肩甲骨下角外側2横指、下1横指、僧帽筋上部線維は第7頸椎棘突起と肩峰を結ぶ中間、僧帽筋下部線維は肩甲棘内側と第8胸椎棘突起を結ぶ線上の肩甲棘内側を結ぶ上3分の2とした。測定筋はアルコール綿にて処理を行ないサンプリング周波数1000Hzにて測定した。得られたデータは同社製BIMUTAS-Videoにて解析し、1秒間の実効値(Root Mean Square RMS)を求めた。さらにKendall式徒手筋力テストにて各筋の最大筋力を測定し、1秒間のRMSを求め測定したRMSを最大筋力のRMSで除し%MVCを求め比較した。統計処理は頭部位置別筋活動測定値の級内相関係数(Intraclass Correlation Coefficient ICC)を求め、excel statcel 2を用いて二つの頭部位置間の比較にはpaired-t testを、各頭部位置における各筋の筋活動の比較は一元配置分散分析をおこない有意差を認めたのでBonferroniにて多重比較検定を行なった。【倫理的配慮、説明と同意】対象者には事前に研究の趣旨を十分に説明し、同意を得た上で実施した。【結果】頭部位置別筋活動測定値のICCは棘下筋0.89、三角筋前部線維0.82、僧帽筋上部線維0.86、僧帽筋下部線維0.90で良好であった。頭部前方位では頭部中間位と比較し棘下筋、前鋸筋の筋活動低下と、僧帽筋下部線維の筋活動上昇に有意差がみられた(P<0.05)。また、頭部中間位では前鋸筋と僧帽筋下部線維間に有意差を認めた(P<0.05)が、頭部前方位では各筋活動に有意差は認められなかった。【考察】頭部前方位での前鋸筋の筋活動低下と、僧帽筋下部線維の筋活動上昇に有意差がみられたが、これはWeonら先行研究と同様の結果となった。その要因としてMcleanは頭部前方位では肩甲挙筋が過活動し、その拮抗筋である前鋸筋は相反神経抑制されるとしている。また、頭部中間位では前鋸筋が僧帽筋下部線維に比較し筋活動量が大きく有意差があり前鋸筋による肩甲骨安定化作用がみられるが、頭部前方位では僧帽筋下部の活動が増加し頭部中間位とは異なる肩甲骨安定化作用がみられた。したがって、僧帽筋下部線維の筋活動の増大は前鋸筋の代償作用と推察される。頭部前方位での棘下筋の活動性低下は肩甲上腕関節の求心位の低下を惹起し、さらに前鋸筋の活動低下による肩甲帯不安定性からouter muscle優位になり、肩甲上腕関節の回旋中心軸の変化が起こりImpingement症候群の一要因となる可能性が推察される。しかし、肩甲上腕関節の回旋中心軸の変化については筋活動からの推測であり、実際の上腕骨頭偏位の確認にはレントゲン等による比較検討が必要である。また今回の研究では肩関節挙上角度が90°のみであり、その他様々な角度や肩甲面での挙上による筋活動の検討が必要であると思われる。【理学療法学研究としての意義】肩甲上腕関節の障害では肩甲帯の位置異常が臨床場面での問題点としてフォーカスされるが、頭部位置異常も肩甲帯機能に影響を及ぼす要因となること、そして頭部前方位の肩甲帯筋活動を明確にしていくことでImpingement症候群や腱板損傷の発生メカニズムの解明、治療、予防に応用できると思われる。
著者
中村 尚世 石川 大樹 大野 拓也 堀之内 達郎 前田 慎太郎 谷川 直昭 清水 珠緒 福原 大祐 中山 博喜 江崎 晃司 齋藤 暢 平田 裕也 内田 陽介 鈴木 晴奈 佐藤 翔平
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48101334, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに、目的】膝前十字靭帯(ACL)再建術後に荷重制限を設けている施設が多い.しかし,全荷重開始時期に関しては各施設で異なり,未だ統一した見解はない.我々は術後4週にて全荷重を開始し術後リハビリテーション(リハ)を慎重に行うことで良好な術後成績を得たことを報告(2005年本学会)した.さらに,術後3週にて全荷重を開始するも変わらず良好な術後成績を得られたことを報告(2007年本学会)した.そこで今回,更に全荷重開始時期を1週早め,術後3週群と2週群で術後成績を比較検討したため,以下に報告する.【方法】2002年12月~2011年6月までに膝屈筋腱を使用した解剖学的2ルートACL再建術を行った596例のうち,同一術者にてACL再建術のみが施行され,12ヶ月以上経過観察が可能で,再鏡視し得た110例を対象とした.半月板縫合術を同時に施行した例,50歳以上の例,後十字靭帯損傷合併例,ACL再断裂例は除外した.2004年1月より3週で許可した68例(男性45例,女性23例,31.3±8.4歳:3週群)と,2008年4月より術後全荷重を2週で許可した42例(男性24例,女性18例,31.0±7.9歳:2週群)で術後成績を比較検討した.但し,術後リハプログラムでは全荷重開始時期以外はほぼ同一とした.検討項目は,術後6,12ヶ月での膝伸筋の患健比(60°/s),受傷前と術後12ヶ月時のTegner activity score,術後12ヶ月時の膝前方制動性の患健側差,再鏡視時の移植腱の状態,入院期間とした.なお,膝伸筋力は等速性筋力測定器Ariel,膝前方制動性はKT-2000を用いて測定した.再鏡視時の移植腱の状態については,移植腱の太さ,緊張,滑膜被覆の3項目を総合し,Excellent,Good,Fair,Poorの4段階で評価した.統計処理に関しては,術後6,12ヶ月での膝伸筋の患健比(60°/s)と,Tegner activity scoreは,それぞれ反復測定による二元配置分散分析,χ²検定を用いた.また,術後12ヶ月時のKT-2000患健側差 ,再鏡視時の移植腱の状態,入院期間はMann-WhitneyのU検定を用いた.統計学的検討にはSPSS Statistics 17.0Jを使用し,有意水準は危険率5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】本研究の個人情報の取り扱いは当院の個人情報保護規定に則り実施した.【結果】術後6,12ヶ月での膝伸筋の患健比はそれぞれ2週群67.3±2.9%,82.9±2.6%,3週群70.2±2.2%,83.0±2.1%であり,筋力回復の変化量に有意差はなかった.受傷前と術後12ヶ月時のTegner activity scoreの平均値は,それぞれ2週群は6.26が6.26,3週群は5.91が5.88であり,両群にともに有意差はなかった.術後12ヶ月時のKT-2000患健側差は2週群0.13±0.7mm,3週群0.07±0.6mmであり有意差はなかった.再鏡視時の移植腱の状態は2週群はExcellent 31例(73.8%),Good 9例(21.4%),Fair 2例(4.8%),3週群は Excellent 41例(60.3%),Good 27例(39.7%)であり,有意差はなかった.入院期間は2週群22.4±5.6日,3週群25.7±3.2日であり,2週群で有意に短かった(p<0.05).【考察】矢状面断において脛骨は水平面に対し10°程度後方傾斜しているため,膝関節荷重時に脛骨は大腿骨に対し前方剪断力として働き,移植腱へのストレスが増大するとの報告が散見される.しかし,全荷重開始時期は各施設で異なり,可及的早期から5週程度で行なわれており,統一された見解はない.そこで当院では術後の全荷重開始時期を術後4週から開始し,3週,2週へと変更させ術後成績を比較検討してきた.全荷重開始時期を早めたことで術後早期の活動性が上がるため,膝伸筋の筋力回復とTegner activity scoreにおいては2群間に差があると仮定したが,本研究では有意差はなかった.KT-2000患健側差と再鏡視時の移植腱の状態においては2群間に差がなかったことから,術後2週で全荷重を開始しても膝関節の不安定性の増大や移植腱への悪影響がないことが分かった.また,入院期間に関しては2週群の方が有意に短かった.以上より,術後2週での全荷重開始が許容されることが示された.【理学療法学研究としての意義】ACL再建術に関する臨床研究の報告は多数存在するが,全荷重開始時期の違いによる比較検討されたものは少ない.ACL再建術後の全荷重開始時期を3週と2週で比較検討した結果,少なくとも膝関節の不安定性の増大や移植腱への悪影響がないことが分かった.また,入院期間は有意に短縮できることが分かったことからも本研究は有意義だったと思われる.
著者
冨田 浩輝 黒澤 和生
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48101242, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに、目的】骨格筋への振動刺激は脊髄内の介在神経細胞を活性化し,シナプス前抑制により筋緊張を抑制する事が知られている.シナプス前抑制機能は,痙縮と深く関与している事が示唆されており,条件刺激と試験刺激を異なる筋に対して実施する方法により検討されている.しかし,振動刺激における筋緊張抑制効果において,条件刺激と試験刺激を異なる筋に対して実施した報告は少ない.また,この条件において,異なる振動周波数を用いて筋緊張に及ぼす影響を検証した報告はない.本研究の目的は,膝蓋腱や大腿二頭筋腱に異なる周波数の振動刺激を負荷し,同側ヒラメ筋のH波に及ぼす影響を明らかにする事である.【方法】対象は下肢に神経障害の既往のない健常成人男性42名であり,被験筋はヒラメ筋とした.すべての対象者には膝蓋腱と大腿二頭筋腱に振動刺激(80Hz,100Hz,120Hz)を負荷する2条件を設定し,誘発筋電図(日本光電社製)を用いて,安静時と振動刺激中,振動刺激直後,振動刺激終了5分後のH波とM波の最大振幅比を算出した.振動刺激装置には,旭製作所製WaveMakerを使用した.本研究における統計処理には,統計解析ソフトウェアSPSS18を使用した.各条件内における時間経過の検討として,反復測定一元配置分散分析を行った.尚,有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】ヘルシンキ宣言に則り本研究を実施した.研究に先立ち,所属機関の倫理委員会において承認を得た.全ての対象者には事前に本研究の内容やリスク,参加の自由などの倫理的配慮について口頭および文書で説明し,書面にて同意を得た.【結果】膝蓋腱への振動刺激では,80Hzの周波数において,振動刺激中の最大振幅比が,その他の値と比べ有意に低値を示した.100Hzの周波数においては,振動刺激中の最大振幅比が安静時と比べ有意に低値を示した.また,振動刺激直後は振動刺激5分後よりも有意に低値を示した.120Hzの周波数においては,振動刺激中の最大振幅比が,振動刺激直後と振動刺激5分後と比べ有意に低値を示した.大腿二頭筋腱への振動刺激では,80Hzの周波数において,どの間に関しても有意差は認められなかった.100Hzの周波数においては,振動刺激中の最大振幅比は振動刺激直後と振動刺激5分後において有意に低値を示した.また,振動刺激直後の最大振幅比が振動刺激5分後の最大振幅比と比べ有意に低値を示した.120Hzの周波数においては,安静時と比べ振動刺激中と振動刺激直後で有意に低値を示し,振動刺激中は,安静時と振動刺激5分後と比べ有意に低値を示した.また,振動刺激直後は,安静時と振動刺激5分後と比べ,有意に低値を示した.【考察】今回,条件刺激と試験刺激を異なる筋に負荷し,膝蓋腱や大腿二頭筋腱といった異名筋への異なる周波数の振動刺激が,ヒラメ筋H波に及ぼす影響を検証した.本研究では,膝蓋腱への100Hz以上の振動刺激では,振動刺激中のH波は安静時よりも低値を示すが,振動刺激終了後は脊髄興奮性が上昇し,同側ヒラメ筋のH波を促通するという先行研究を支持する結果となった.しかし,80Hzの振動刺激においては,振動刺激中のヒラメ筋H波は有意に低値を示し,振動刺激直後も有意差は認められなかったが,最大振幅比は低値を示した.これは,膝蓋腱への80Hzの振動刺激は,ヒラメ筋H波を抑制した事が示唆され,Ericらの報告における,振動刺激が脳卒中後の足関節底屈を伴う下肢の異常な同時収縮を調整する可能性について支持する結果となった.更に,大腿二頭筋腱への振動刺激では,80Hzの周波数では,ヒラメ筋H波の抑制は得られず,大腿二頭筋に緊張性振動反射は生じなかったことが予想される.しかし,100Hz以上の周波数では,振動刺激中のH波の抑制が生じ,120Hzでは振動刺激終了直後でもH波の抑制が確認された.このことから,緊張性振動反射を誘発するには100Hz以上の周波数が必要であり,より強く筋収縮が誘発される事で,拮抗関係にある筋に対する抑制効果が増大する事が示唆された.【理学療法学研究としての意義】本研究において,振動刺激とシナプス前抑制は深く関与していることが明らかとなった.また,120Hzの振動周波数で大腿二頭筋腱へ振動刺激を負荷する事が,同側ヒラメ筋の筋緊張抑制に有効であることが示唆された.更に,振動刺激には,電気刺激同様の効果が期待できることが示唆され,その効果には振動周波数が深く関与していることが明らかとなった.今後,振動刺激が筋緊張に及ぼす影響や,その他の治療方法との比較などさらなる検討が必要であると考えられるが,本研究により,振動刺激が痙縮に対する有効な治療手段として臨床応用することや,家庭でのホームエクササイズの一つとして活用していく事が期待できるのではないかと考える.
著者
高山 正伸 二木 亮 阿部 千穂子 松岡 健 江口 淳子 陳 維嘉 長嶺 隆二
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48100438, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに、目的】 股関節疾患のみならず膝関節疾患においても股外転筋力の重要性が指摘されており,なかでも中殿筋は特に重要視されている。中殿筋の筋力増強運動として坐位での股外転運動(坐位外転運動)を紹介している運動療法機器カタログや病院ホームページを散見する。しかし坐位における中殿筋の走行は坐位外転の運動方向と一致しない。坐位においては外転ではなく内旋運動において中殿筋は活動すると考えられる。本研究は①坐位外転運動における中殿筋の活動性は低い,②坐位内旋運動における中殿筋の活動性は高いという2つの仮説のもと,坐位外転運動と坐位内旋運動における中殿筋の活動量を明らかにすることを目的とした。【方法】 対象は下肢に既往がなく傷害も有していない20~43歳(平均29.6歳)の健常者14名(男性9名,女性5名)とした。股関節の運動は①一般的な股屈伸および内外転中間位での等尺性外転運動(通常外転)②坐位での等尺性外転運動(坐位外転),③坐位での等尺性内旋運動(坐位内旋)の3運動とし,計測順序はランダムとした。筋電図の導出にはTELEMYO G2(ノラクソン)を使用しサンプリング周波数1000Hzで記録した。表面電極は立位にて大転子の上方で中殿筋近位部に電極間距離4cmで貼付した。5秒間の等尺性最大随意収縮を各運動3回ずつ記録した。筋の周波数帯である10~500Hz以外の帯域をノイズとみなしフィルター処理を行った。5秒間の筋活動波形のうち3秒間を積分し平均した値を変数として用いた。統計解析は有意水準を5%としFriedman検定を行った。多重比較についてはWilcoxon符号付順位検定を行い,Bonferroniの不等式に基づき有意水準を1.6%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 被験者にはヘルシンキ宣言に基づき結果に影響を及ぼさない範囲で研究内容を説明し同意を得た。【結果】 通常外転積分値の中央値(25パーセンタイル,75パーセンタイル)は149.5(116.0,275.0)μV・秒で坐位外転のそれは127.5(41.8,204),坐位内旋のそれは219.5(85.1,308)であった。Friedman検定の結果3運動には有意差が認められ,多重比較の結果坐位外転は坐位内旋に対して有意に活動量が劣っていた(P=0.0054)。通常外転と坐位外転にも中央値に違いがみられたが統計学的な差は認められなかった(P=0.0219)。通常外転と坐位内旋にも有意差を認めなかった(P=0.124)。最も大きな筋活動量が得られた被験者の数は通常外転4名,坐位外転1名,坐位内旋9名,逆に最も筋活動量が小さかった被験者の数は通常外転3名,坐位外転10名,坐位内旋1名であった。MMTの方法に類似している通常外転によってその他の2運動を正規化すると坐位外転の中央値は76.9(31.2,102.3)%,坐位内旋のそれは119.2(86.9,183.7)%であった。坐位外転では筋力増強運動に必要な筋活動量40%を下回る被験者が4名(14.9~31.2%)みられ,100%を超える者は3名だけであった。一方坐位内旋においては40%未満の被験者はみられず,9名の被験者が100%以上であった。最小値は69.7%であった。【考察】 股関節は球関節のため肢位によって筋作用は変化する。股関節が屈伸中間位のとき矢状面でみた中殿筋の走行は大腿骨長軸と概ね一致しており同筋は外転作用を有する。しかし股関節が屈曲位となる坐位では走行が大腿骨長軸と一致せずむしろ直角に近くなり,中殿筋の作用は外転ではなく内旋になる。本研究結果では通常外転と坐位外転に有意差を認めなかったが,効果量を0.5,有意水準を0.016,検出力を0.8に設定すると48名のサンプル数が必要で我々のサンプル数は不足している。差がないと結論付けることには慎重であるべきである。この状況下においても坐位外転と坐位内旋には有意差が認められた。本研究結果は坐位外転運動が中殿筋の筋力増強運動として非効率であることを明らかにした。加えて坐位内旋運動では通常の外転運動と同等以上の筋活動が得られることも明らかとなった。この傾向は前部線維で強くなり,後部線維では異なる結果をもたらすと予想される。どの運動によって最も大きな筋活動が得られるかは被験者によって異なっていた。その原因として坐位における骨盤の肢位が影響していると考えられる。骨盤が後傾すればするほど中殿筋の走行はより大腿骨長軸と一致する。多くの被験者に関しては坐位内旋運動で高い中殿筋の筋活動が得られたが,一部にそうでない被験者もみられた。骨盤が後傾することによって内旋運動における筋活動は低下し,逆に外転運動における活動が増加すると考えられる。【理学療法学研究としての意義】 本研究によって中殿筋に対する誤った運動指導は是正されるであろう。
著者
田口 飛雄馬 田平 一行
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48101113, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに,目的】全身持久力評価は,最も客観的な心肺運動負荷テスト(CPX)やフィールド歩行テストである漸増シャトルウォーキングテスト(ISWT),6 分間歩行テスト(6MWT)を用いられることが多いが,これらの評価法は高価な機器や,広いスペースが必要であり,また高負荷であるためリスクの観点からも通所施設や在宅分野では使用しにくい問題がある.一方,CS-30 はJanesらによって考案された下肢筋力評価法であり,片麻痺患者の最速歩行速度や排泄自立度,転倒予測などとの関連も報告されている.また,試験は椅子から立ち座りを繰り返すことから,全身持久力の評価になり得る可能性がある.そこで今回,健常者を対象にCS-30 とCPXを行い,CS-30 から最高酸素摂取量(VO2peak)を予測可能であるか,またCS-30 の運動強度や呼吸循環器系・筋酸素動態への影響を検証することを研究目的とした.【方法】健常大学生20 名(男性10 名,女性10 名,年齢21.0 ± 1.1 歳)を対象に,2 種類の負荷試験(CS-30,CPX)を実施した.その間,血圧監視装置tango(Sun teck社)を用いて収縮期血圧(SBP),心拍数(HR)を,呼気ガス分析装置(MataMax, Cortex社)を用いて分時換気量(VE),酸素摂取量(VO2)を,組織血液酸素モニター(BOM-L1TRM,オメガウェーブ社)を用いて右外側広筋の骨格筋酸素動態{総ヘモグロビン量(totalHb),脱酸素化ヘモグロビン量(deoxyHb)}を,自覚的運動強度は旧Borgスケールを用い呼吸困難感,下肢疲労感を測定した.またCS-30 は立ち上がりの回数も測定した.負荷プロトコル:CS-30 は高さ40cmの椅子に腰掛け,両下肢を肩幅程度に広げて両腕は胸の前で組ませ,30 秒間で可能な限り立ち座りを繰り返させ,その回数を数えた.CPXは自転車エルゴメーターを用い,ランプ負荷(男性:20W/min,女性:15W/min)で,ペダル回転数60rpmを維持させ症候限界まで運動させた.CPXとCS-30 の測定は1 日以上を空けランダムに実施し,中止基準は目標心拍数・自覚症状などとした.解析方法:1)CS-30 とCPXの各測定項目の比較:安静時を基準とした100 分率を用い,最大値(max),回復1 分(rec1),2 分(rec2)の値を算出した.解析は二元配置分散分析を用い,同時間における比較には対応のあるt検定を用いた.2)CS-30 の回数とVO2peakとの関係:従属変数VO2peak,独立変数をCS-30 の回数とする単回帰分析を行った.いずれも有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮,説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言に基づき,対象者の保護には十分留意して実施した.全対象者には本研究の趣旨と目的を説明し,自署による同意が得られた後に実施した.また研究は,事前に本学倫理委員会の承認を得た.【結果】1.CS-30 とCPXの各測定項目の比較:totalHb,deoxyHbを除く全ての指標でCS-30 の方がCPXよりも有意に低値であったが,全てにおいて時間要因との交互作用を認めた.また各時間における比較は,SBP,HR,呼吸困難感,下肢疲労感,VEで,全ての時間帯で有意差を認めた.また,最大値におけるCS-30 のCPXに対する割合は,SBP:83%,HR:84%,VO2:49%,VE:38%,呼吸困難感:74%,下肢疲労感:71%,totalHb:94%,deoxyHb:91%であった.2.CS-30 の回数とCPXのVO2peakとの関係:相関係数0.484(p<0.05)の有意な相関が得られ,VO2peak=-0.58+0.928 ×CS-30(回数)の予測式が得られた.【考察】CPXに対するCS-30の割合では,VO2maxで49%であった.これは運動強度がCPXの49%であることを意味している.また循環器系,呼吸器系の各パラメーター,呼吸困難感,下肢疲労感もCPXに対して有意に低値を示したことより,CS-30はCPXに対して負荷の少ない評価法であることが確認された.一方, deoxyHbは有意差がなく,骨格筋にはCPXと同等の脱酸素化が起こっていると考えられた.更にrec1:129%・rec2:126%と高く,CS-30 で回復が遅延することを示しており,これは骨格筋への負荷はCPX以上であることが推察された.また,CS-30 の起立回数とVO2peakには有意な相関があったが,決定係数は低いため,大まかな予測は可能であるが,精度を高めるには他の要因も考慮する必要があると思われた.【理学療法学研究としての意義】症候限界まで運動を行うCPX に対して, CS-30 は短時間で終了し,安全で理解しやすい利点がある.また本研究から,CS-30 は低負荷であり,全身持久力(VO2peak)との相関が確認された.CS-30 による全身持久力予測が可能となれば,通所リハビリテーション施設・在宅分野など,測定環境が不十分な施設で有用であると考える.しかし,下肢筋への負担は大きいことから実施後の転倒には十分気をつけなければならない.
著者
山本 昌樹 林 省吾 鈴木 雅人 木全 健太郎 浅本 憲 中野 隆
出版者
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48100444, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに】上腕筋は,上腕骨前面下半部に単一の筋頭を有するとされるが,Gray’s Anatomy(2005)においては「2 〜3 部からなる変異が見られる」と記載されている.一方,Leonello et al.(2007)は,「上腕筋は,全例において浅頭と深頭の2 頭を有する」と報告している.我々は,第16 回臨床解剖研究会(2012)において,上腕筋が3 頭から構成されることを明らかにするとともに,肘関節屈曲拘縮との関連について報告した.今回,これら3 頭の形態的特徴と機能について考察する.【対象および方法】愛知医科大学医学部において,研究用に供された解剖実習体15 体24 肢を対象とした.上肢を剥皮後,上腕二頭筋,腕橈骨筋,長・短橈側手根伸筋を展開した.上腕筋を起始部より分離して筋頭を同定し,筋頭の走行や配列を詳細に観察した.【倫理的配慮,説明と同意】本研究は,死体解剖保存法に基づいて実施し,生前に本人の同意により篤志献体団体に入会し研究・教育に供された解剖実習体を使用した.観察は,愛知医科大学医学部解剖学講座教授の指導の下に行った.【結果】全肢において,上腕筋は,三角筋後部線維から連続する筋頭(以下,外側頭),三角筋の前方の集合腱から連続する筋頭(以下,中間頭),上腕骨前面から起始する筋頭(以下,内側頭)に区分することができた.外側頭は,上腕骨の近位外側から遠位中央に向かって斜めに,かつ,浅層を走行して腱になり,尺骨粗面の遠位部に停止していた.中間頭は,最も薄く細い筋束であり,内側頭の浅層を外側頭と平行して走行し,遠位部は内側頭に合流していた.内側頭は,最も深層を走行し,停止部付近においても幅広く厚い筋腹から成り,短い腱を介して尺骨粗面の近位内側部に停止していた.これら3 頭は,上腕中央部においては,外側から内側へ順に配列していた.しかし肘関節部においては,外側頭と中間頭は浅層に,内側頭は深層に配列していた.また,内側頭の縦断面を観察すると,一部の線維が肘関節包前面に付着する例が存在した.これらの例において肘関節を他動的に屈曲させると,内側頭とともに関節包の前面が浮き上がる様子が観察された.【考察】上腕筋を構成する3 頭は,内側から外側へ配列しているだけではなく,各頭が特徴的な走行や形態を呈するため,それぞれ異なる機能を有することが推測される.上腕筋外側頭は上腕骨の近位外側から遠位中央へ,一方の上腕二頭筋は近位内側から遠位中央へ斜走する.そのため肘関節屈曲時,上腕筋外側頭は前腕近位部を外上方へ,一方の上腕二頭筋は内上方へ牽引すると考えられる.すなわち肘関節屈曲時,外側頭と上腕二頭筋は共同で,前腕軸の調整を行うと考えられる.また外側頭は,3 頭の中で最も遠位に停止し,肘関節屈曲における最大のレバーアームを有するため,肘関節屈曲における最大の力源になることが示唆される.さらに,外側頭は三角筋後部線維から連続するため,三角筋の収縮によって,作用効率が変化する可能性がある.換言すれば,外側頭の作用効率を高めるためには,三角筋後部線維を収縮させた上で肘関節屈曲を行うことが有効であると思われる.内側頭は,肘関節部において深層を走行し,幅広く厚い筋腹を有する.したがって,肘関節屈曲時に収縮して筋の厚みが増すことによって,外側頭のレバーアームを維持または延長し,その作用効率を高める機能を有すると考えられる.また,肩関節の腱板が上腕骨頭を肩甲骨へ引き寄せる作用と同様に,内側頭は,尺骨滑車切痕を上腕骨滑車に引き寄せ,肘関節の安定性向上に寄与すると考えられる.さらに,内側頭が関節包前面に付着する例があることから,肘関節運動に伴う関節包の緊張度を調節する機能が示唆される.換言すれば,内側頭の機能不全によって,関節包前面のインピンジメントや肘関節屈曲拘縮が惹起される可能性が推測される.中間頭は,最も薄く細いため,その機能的意義は小さいと思われる.しかし,上腕中央部においては外側頭と並走し,遠位部においては内側頭に合流することから,外側頭と内側頭の機能を連携する,文字通り‘中間的な’役割を担うと考えられる.上腕筋は,3頭を有することによって,肘関節屈曲における前腕軸の調整,作用効率の向上,肘関節包の緊張度の調節など複合的な機能を担うと考えられる.また,肘関節屈曲に関しては,主として外側頭が機能することが示唆される.【理学療法学研究としての意義】根拠に基づく理学療法を行うためには,とくに筋骨格系に関する機能解剖学的かつ病態生理学的な研究が不可欠である.本研究は,上腕筋の筋頭構成を詳細に観察し,肘関節運動に対する関与について考察を加えたものであり,肘関節拘縮の病態理解や治療の発展にも寄与すると考える.
著者
加藤 太郎 福井 勉
出版者
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48100042, 2013 (Released:2013-06-20)

【目的】我々は前回大会にて呼吸運動時の体幹皮膚の変位量について報告した。呼吸運動時に体幹皮膚は上腹部皮膚の前面が最も大きく動き、続いて下胸部皮膚の前面、上胸部皮膚の前面の順となり、また体幹側面皮膚は体幹前面皮膚と比べて動きは少ないが、その順序性は前面と同様に上腹部皮膚の側面が最も大きく動き、続いて下胸部皮膚の側面、上胸部皮膚の側面の順となったことを報告した。このような皮膚の運動特性から、皮膚誘導による呼吸介助手技に応用するためには、さらに各部位皮膚の変位方向を明らかにする必要がある。本研究は呼吸運動時の体幹皮膚の変位方向を明らかにすることを目的とし皮膚上マーカーを体幹に貼付した状態での呼吸運動を分析検討した。【方法】対象は健常成人男性10 名(年齢29.4 ± 4.3 歳、身長170.2 ± 5.5cm、体重67.7 ± 8.5kg)であった。測定機器は3 次元動作解析装置VICON MX(VICON社製)を用いた(カメラ8 台、計測周波数100Hz)。マーカー貼付位置は正中列と側方列(左右)と正中・側方中間列(左右)(以下、中間列とする)とし縦5 列に分け、各列に8 個のマーカーを貼付し合計40 個のマーカー(直径16mm)を格子状にした。正中列は胸骨柄上部、剣状突起、および両上前腸骨棘間の中点を基準とし、胸骨柄上部と剣状突起の間を1/3、2/3 に内分する点および剣状突起と両上前腸骨棘間中点の間を1/4、2/4、3/4 に内分する点とした。側方列は後腋窩と、上前腸骨棘と上後腸骨棘間の中点を基準とし、この間を1/7、2/7、3/7、4/7、5/7、6/7 に内分する点とし左右に貼付した。中間列は胸骨柄上部と後腋窩の中点と、上前腸骨棘を基準とし、この間を1/7、2/7、3/7、4/7、5/7、6/7 に内分する点とし左右に貼付した。各列ともに頭側から尾側に向かって順に1 〜8 マーカーとし、1、2 マーカーは上胸部、3、4 マーカーは下胸部、5、6 マーカーは上腹部、7、8 マーカーは下腹部の皮膚の動きを表すものとした。マーカーと肋骨との位置関係は上胸部マーカーは第1 〜3 肋骨の上位肋骨、下胸部マーカーは第4 〜6 肋骨の中位肋骨、上腹部マーカーは第7 肋骨以下の下位肋骨の位置に相当している。測定肢位は床上での背臥位とし両上肢の位置を90°外転させ両手掌を頭部後面に位置させたハンモック肢位とした。測定は5 回の深呼吸を1 試行とし5 試行実施した。呼気と吸気の相分けは身体の水平面において剣状突起マーカーが頭側方向へ最も動いた時を最大吸気位とし、最も尾側方向へ動いた時を最大呼気位とした。各呼吸の最大呼気と最大吸気間の各マーカーの変位量を算出した。上胸部、下胸部、上腹部、下腹部の各部位のX 軸(左右)、Y軸(上下)、Z軸(前後)方向への変位量について一元配置分散分析および多重比較法(Bonferroni検定)を用い解析、検討した。統計処理はSPSS ver.18.0Jを使用し危険率1%未満を有意水準とした。【倫理的配慮】本研究はヘルシンキ宣言に沿って実施した。全対象者に事前に本研究内容を書面および口頭で十分な説明を行い署名にて同意を得た。尚、本研究は文京学院大学大学院保健医療科学研究科倫理委員会の承認の下で実施した。【結果】各部位の方向別変位量に有意差を認めた。上胸部はY方向の動きが最も大きかった。またX方向の動きがYとZ方向と比べ有意に小さかった。下胸部はYとZ方向の動きが大きかった。またX方向の動きがYとZ方向と比べ有意に小さかった。上腹部は他部位と比べ全方向へ動きが大きく、変位量の大きさはZ、Y、X方向の順であった。下腹部は全方向へ動きが小さく、Z方向の動きがX、Y方向と比べ有意に大きかった。【考察】呼吸運動時の各部位皮膚の変位方向は、上胸部は上下方向、下胸部は上下、前後方向、上腹部は全方向への動きが大きく、上位肋骨から下位肋骨に向かうほど左右方向への動きが大きくなった。この上位肋骨相当の上胸部皮膚が上下方向への動きが大きく、中位肋骨相当の下胸部皮膚、下位肋骨相当の上腹部皮膚へと下位に移るほど左右方向への動きが大きくなった結果は、肋骨頭関節と肋横突関節を結ぶ軸方向により決まるpump handle motionとbucket handle motion の胸郭の生理的運動方向が反映されたと考えられる。本研究結果から皮膚誘導による吸気時呼吸介助手技を行う場合に、上胸部皮膚は上方向へ、下胸部皮膚は上・前方向へ、上腹部皮膚では上・前方向に左右方向への動きを加えることが有効であると考えられる。以上より、各部位の皮膚運動特性を明らかにすることは、理学療法における皮膚誘導を用いた手技に応用できると考えられる。本研究結果は皮膚運動特性を考慮した皮膚誘導による呼吸介助手技が行える可能性とその方法を示唆していると考えられ、臨床応用の基礎となり得る。【理学療法学研究としての意義】本研究により皮膚誘導を用いた呼吸介助手技が行える可能性を示唆でき、その誘導する量と方向に応用できると考える。
著者
世古 俊明 隈元 庸夫 高橋 由依
出版者
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48101430, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに】大殿筋、中殿筋は股関節の肢位の違いによって筋線維走行や筋線維長が変化し、発揮される筋活動や運動作用の逆転が起こり筋機能も変化する。そのため立位保持や歩行など運動機能を考える上で関節角度の変化に伴う筋の作用や筋力発揮の特性を解明することは運動療法で重要となる。とりわけ大殿筋と中殿筋のトレーニングは関節可動域制限などの理由にて股関節屈曲位での実施となることが多々みられる。本報告の目的は、股関節の肢位の違い及び運動の違いが大殿筋、中殿筋の筋活動に及ぼす影響を筋電図学的に検討し、その機能を考察することである。【方法】対象は健常者9 名(全例男性、平均22.5 歳、169.7cm、65.0kg)とした。施行運動は等尺性股関節伸展運動(股関節伸展運動)と等尺性股関節外転運動(股関節外転運動)の2 種類とした。施行条件は股関節の屈曲角度の違いとして、側臥位での股関節屈曲90 度位(90 度位)、股関節屈曲0 度位(0 度位)、股関節伸展15 度位(−15 度位)の3 条件とした。90 度位のみハムストリングスの影響を最小限とするため膝関節90 度屈曲位とした。筋活動の測定には表面筋電計(Tele Myo G2、Noraxon社製)を用いた。右側の大殿筋上部線維(UGMa)、大殿筋下部線維(LGMa)、中殿筋(GMe)、大腿二頭筋(BF)、腰部背筋(LE)を導出筋とし、得られた筋活動を徒手筋力検査判定5 の筋活動量で正規化し、これを%MVCとして算出した。なお筋電図は生波形を全波整流し、筋電図解析ソフトにて解析した。また施行運動での股関節伸展筋力と股関節外転筋力を施行条件ごとに徒手筋力測定器(MICROFET2、Hoggan Health社製)で計測し、体重で除した値をそれぞれの筋力値として採用した。筋電図と筋力値の測定は同期化し、被験者の施行運動中は検者と別の検者が体幹を固定して測定の再現性に努めた。各筋の%MVCを施行運動の違いで、筋力値を施行条件の違いで比較検討した。統計処理はt-test、Welch検定、Wilcoxon-t検定、Holmの方法を用いて有意水準を5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】対象者にはヘルシンキ宣言に則り、十分な配慮を行い、本研究の目的と方法、個人情報の保護について十分な説明を行い、同意を得た。【結果】UGMa、LGMaの%MVCは−15 度位で股関節外転運動時よりも股関節伸展運動時に高値を示した。UGMa、LGMaの%MVCは90 度位で股関節伸展運動時よりも股関節外転運動時に高値を示した。GMeの%MVCはすべての施行条件で施行運動の違いによる差を認めなかった。BFの%MVCは0 度位で股関節外転運動時よりも股関節伸展運動時に高値を示した。LEの%MVCは90 度位で股関節外転運動時よりも股関節伸展運動時に高値を示した。股関節伸展筋力値は施行条件の違いで差を認めなかったが、股関節外転筋力値は90 度位、−15 度位よりも0 度位で高値を示した。【考察】UGMa、LGMaは筋走行の特性から股関節伸展位では伸展作用、屈曲位では外転作用を有することが考えられている。今回、大殿筋の筋活動量が−15 度位では股関節伸展運動時に、90 度位では股関節外転運動時に筋活動量がそれぞれ高値を示したことは、この解剖学的筋走行の影響を筋電図学的に裏付ける結果になったと考える。また股関節伸展筋力値が施行条件で差を認めなかった。この股関節伸展運動時の筋活動量と筋力値の結果は、UGMa、LGMが90 度位では筋長が伸張位となるため活動張力よりも静止張力に依存し、−15 度位では筋長が短縮位となるため静止張力よりも活動張力に依存していた可能性を示唆するものと考える。また骨盤の代償動作を固定していたとはいえども90 度位での股関節伸展運動時にはLEが伸張位となり骨盤を介した股関節伸展運動の固定筋として活動しやすく、UGMa、LGMaによる伸展運動を効率的に発揮させていた可能性も考えられた。GMeがすべての施行条件で股関節外転運動時と股関節伸展運動時の筋活動量に有意差を認めない一方で股関節外転筋力値が0 度位で高値を示したことは、股関節深屈曲位よりも浅屈曲位でより活動すると筋電図学的に報告されている大腿筋膜張筋の影響が考えられ、膝関節屈曲角度要因とともに今後の検討課題となった。【理学療法研究としての意義】股関節屈曲角度の違いによる筋活動の違いとして、中殿筋は今後の検討課題が明確となり大殿筋は筋活動特性の一知見が筋電図学的に得られた。この知見は臨床での運動療法時や動作分析時における基礎的情報になると考える。
著者
清田 有希 大森 茂樹 河原 常郎 土居 健次朗 倉林 準 門馬 博 八並 光信
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48101860, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに、目的】臨床では、Electrical Muscle Stimulation(以下EMS)を使用する機会は多い。EMSは、電気刺激によって筋収縮を起こし、筋ポンプ作用を働かせ、疲労物質の貯留が解消されることで、疲労が回復することが予想される。筋血管内の疲労物質は、この筋ポンプ作用により貯留が解消される。筋疲労は、最適な周波数と最適な刺激間間隔を定めることにより、筋ポンプ作用が促進され、筋疲労を回復させると考えられる。しかしEMSは、異なる周波数や刺激間間隔の違いにより筋疲労の回復に差が生じるかは不明な点が多い。本研究では、筋疲労を回復する最適周波数と最適刺激間間隔を比較し、筋疲労回復の電気治療の有効性について検討した。【方法】対象は、整形外科的、神経学的に問題のない健常成人24名、年齢27.2歳±4.0、BMI21.9±2.2であった。対象筋は、大腿直筋とした(電極:大腿四頭筋の筋腱移行部と大腿直筋のモーターポイント)。各療法の刺激間間隔は、1:1(5sec on:5sec off)、1:5(10sec on:50sec off)の2パターンとした。周波数は、1Hz、5Hz、10Hzの3パターンを行った。筋力測定は、対象の肢位をLeg Extension-Curl(HUR社製)の装置に股関節屈曲50°、膝関節屈曲60°、足関節背屈0°で固定した。最大筋力は、計測器PERFORMANCE RECORDER 9100(HUR社製)をLeg Extension-Curlに取り付け、大腿四頭筋の等尺性収縮での最大筋力を計測した。運動課題は、最大筋力測定時の膝伸展角度を制限として、最大筋力の40%の負荷量で膝関節の屈伸運動を行わせた。運動課題中は、メトロノーム(110bpm、4拍子)を使用し、4拍子目を最大伸展位となるように運動を行わせた。運動課題の終了は最大伸展位まで運動が行えない場合が2回続いた場合、運動課題中メトロノームのリズムから逸脱した場合とした。運動終了後、直ちに計測器で筋力の計測を行った。その後、マルチ電気治療器インテレクト アドバンス・コンポ2762CC(CHATTANOOGA GROUP社製)でEMSを各パラメータで20分間行った。電気刺激強度は、運動閾値の2倍の強度で行った。電気治療後、計測器により筋力の計測を行った。コントロール群は、EMSを施行せず、パッドを貼ったのみの施行を6人に行った。最大筋力を回復筋力で除したものを疲労回復率とし、統計処理は、コントロール群と各周波数の刺激間間隔群を比較した。有意水準は、5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】所属施設における倫理委員会の許可を得た。対象には、ヘルシンキ宣言をもとに、保護・権利の優先、参加・中止の自由、研究内容、身体への影響などを口頭および文書にて説明した。同意が得られた者のみを対象に計測を行った。【結果】刺激周波数別に疲労回復率を比較すると、疲労回復率は、1Hzの1:1は120.0%、1Hzの1:5は134.0%、5Hzの1:1は103.0%、5Hzの1:5は116.7%、10Hzの1:1は115.4%、10Hzの1:5は117.4%となった。コントロール群の回復率は102.0%となった。コントロール群と各周波数別の比較では、コントロール群と1Hzの1:5の群のみに有意な差(P<0.02)を認めた。【考察】疲労回復の度合いをみると、EMSを施行した場合とコントロール群では、EMSを施行した場合の方が疲労回復率は高かった。EMSを行うことで、筋肉の収縮が起こり、筋肉内の疲労物質である乳酸の流動が生じ、疲労回復が促進されたと考えられる。Lindstromらは、活動筋における血液循環が低下することによって、筋中に産生された乳酸が除去されにくくなったことにより筋疲労が起こるとある。市橋らは、主運動後に軽い運動を行なうと血液循環が改善され体内の化学反応が促進されて回復が高まることや運動後の血中乳酸の除去率をクーリングダウンと安静で比較すると軽い運動をした方が、除去率が高いことが報告されている。このことから、EMSにより筋収縮が起こることで疲労の除去が行えると考える。コントロール群と比較し、EMSの各パラメータでは、周波数1Hz、刺激間間隔1:5のものが疲労回復に大きく貢献していた。Bentonらは、電気刺激による筋収縮は生理的収縮より疲労しやすく、長めの休息を設定する必要があるといっている。刺激間間隔は、1:1よりも1:5のパラメータでEMSを施行した方が、有意に差が生じたと考える。【理学療法学研究としての意義】現在、電気療法のパラメータの違いによる筋に与える影響についての研究や疲労回復に関して電気療法を行った研究はまだまだ少ない状態である。本研究により、電気療法のパラメータの適切な選択や電気療法が筋疲労の回復にも影響があることを証明し、理学療法やスポーツ場面の治療法の一助となると考える。
著者
荒井 知野 宇賀田 翔 佐々木 瞳 篠澤 千明 西村 沙紀子 具志堅 敏
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48102149, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに、目的】Berg Balance Scale(以下BBS)は動的バランスのみならず、静的バランスの評価も含まれていることから、包括的なバランス評価であると言われている。臨床においてBBSの評価項目である「継ぎ足」、いわゆる「タンデム肢位」は患側を前脚とするか後脚とするかによって、主観的な不安定さの違いを経験する。しかし評価実施にあたって、前後脚の違いや荷重のかけ方、得点の採用基準などについて詳細な規定がされていない。そこで我々は片脚立位能力がタンデム肢位に及ぼす影響について検討し、タンデム肢位の特徴について明らかにすることを目的とした。【方法】対象は若年健常成人18 名(平均年齢:21.6 ± 0.6 歳、男性:11 名、女性:7 名)とした。計測機器は重心バランスシステムJK−101 Ⅱ(ユニメック社製)を用い、サンプリング周期50ms、サンプリング時間は30 秒で計測した。計測肢位は片脚立位では、1 枚の重心動揺計上に、裸足で示指と踵が一直線となる様に足を接地させた。タンデム肢位では2 枚の重心動揺計を使用した。裸足で前脚となる足の示指と後脚となる足の踵が一直線となる様に接地させ、前脚と後脚がそれぞれの重心動揺計上に乗るように指示した。片脚立位とタンデム肢位を左右3 回ずつ施行し、施行間には5 分間の休息時間を設けた。1 施行目を練習とし2、3 施行目の総軌跡長最小値を対象者の重心動揺とした。タンデム肢位については左右の下肢荷重率も算出した。また片脚立位総軌跡長とタンデム肢位荷重率の関係を確認するため、片脚立位総軌跡長変化率(安定側の総軌跡長を不安定側の総軌跡長で除したもの)とタンデム肢位荷重変化率(安定側前脚荷重率と不安定側前脚荷重率の差)をそれぞれ算出し、関連性を検討した。統計学的分析にはWilcoxonの符号付順位検定とピアソンの相関係数を使用し、有意水準は5%未満とした。統計解析には統計ソフトSPSS 18J(SPSS Inc.)を用いた。【倫理的配慮、説明と同意】研究実施にあたり対象者に研究目的と実験方法について十分に説明を行い、参加の同意を得た。【結果】片脚立位の重心動揺について、総軌跡長が小さい側を安定側、大きい側を不安定側とし、2 群間で比較を行った。タンデム肢位総軌跡長は安定側前脚時で550.3 ± 113.0mm、不安定側前脚時で573.6 ± 105.7mmであり片脚立位総軌跡長とタンデム肢位総軌跡長との間に有意差は認められなかった。タンデム肢位の下肢荷重率について、後脚荷重率は安定側前脚時で64.9 ± 5.1%、不安定側前脚時で70.1 ± 8.4%となり、後脚荷重率が有意に減少していた(P<0.05)。また、片脚立位総軌跡長変化率とタンデム肢位の下肢荷重変化率との間には強い負の相関関係が認められた(r=-0.68、P<0.01)。【考察】結果より、すべての対象者においてタンデム肢位は後脚に優位に荷重がかかる肢位であることが分かった。このことから、重心位置が安定性限界内の後方に位置していると考えられる。望月らは、バランス能力を安定性限界と身体重心という観点から考えると、相対的に安定性限界が大きく、身体重心の動揺が小さく、安定性限界の中心から重心位置の偏倚が小さいほどバランス能力が高いと述べている。本研究の結果より片脚立位総軌跡長変化率とタンデム肢位下肢荷重変化率の関係に強い相関関係が認められたことから、片脚立位総軌跡長が小さい人ほど、タンデム肢位前脚荷重率が増加することが明らかとなった。つまり片脚立位安定側が前脚時には、後方にある身体重心位置が安定性限界内で中心に近づくことが示唆され、バランス能力の要因の一つが向上したと考えた。バランス能力のもう一つの要因である身体重心動揺について検討すると、有意差は認められなかったが、安定側が前脚時、タンデム肢位総軌跡長が小さくなる者が18 名中13名となり動揺が減少する傾向がみられた。しかし、総軌跡長が大きくなった者もおり、この要因については今後検討が必要であると考える。【理学療法学研究としての意義】臨床場面でBBSを行う際は、どちらか一方ができれば項目通過とするものや最高得点を採用するとしているものがある。しかし、本研究よりタンデム肢位は後脚荷重率が優位となることが明らかとなったことから、片麻痺患者や整形疾患患者などでは麻痺側や患側が後脚となるときに動揺が大きくなると推測され、検査実施においては十分にリスク管理する必要があることが明らかになった。また、包括的なバランス能力を示す指標であることを考えると、得点の高い側だけでなく、低い側について把握することで転倒予防につながることが考えられる。以上のことから、評価項目に応じて評価方法を規定することの必要性が示された。
著者
岡西 奈津子 木藤 伸宏 秋山 實利 山本 雅子
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48100352, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに、目的】妊娠中および産後に腰痛,骨盤帯痛,尿失禁に悩まされる女性は多く、これらは妊娠に伴う姿勢変化が発症要因として報告されている。しかし,妊婦の姿勢について,脊柱平坦化,骨盤前傾または後傾等一定の見解はみられない。我々は昨年の同学会にて,腰仙椎の弯曲と立位時の傾斜が姿勢評価の指標となることが示され、非妊婦群と比較して妊婦群は腰仙椎後傾することが明らかとなった。しかし,姿勢変化と身体症状の関係について明確なエビデンスは存在しない。そこで本研究は,妊婦の姿勢と身体症状の関係について,スパイナルマウスから得られる脊柱弯曲指標と静止画像から得られた姿勢指標を用いて明らかにすることである。【方法】被験者は,医師により研究参加許可の得られた妊娠16 週− 35 週の妊婦20 名とした。切迫早産や内科的疾患等の妊娠継続が困難となり得る合併症,その他明らかな骨関節疾患等の疾患がある者は除外した。姿勢評価では,デジタルカメラで矢状面より撮影した静止画像を,画像解析ソフトImage J 1.42(NIH)を用いて体幹と骨盤のなす角度,体幹と下肢のなす角度を計測した。併せて,スパイナルマウス(R)(Aditus Systems Inc.,Irvine)を用いて,頚椎から仙椎までの脊柱アライメントを計測し,仙骨傾斜角,胸椎前弯角,腰椎後弯角,立位時の傾斜角を算出した。得られたデータからSPSS for Windows 15.0J(SPSS Japan Inc.)を用いて,主成分分析を行った。求めた主成分得点より,妊婦群と非妊婦群の姿勢の特徴を比較検討した。【倫理的配慮、説明と同意】研究に先立ち,研究内容およびリスク,個人情報の保護,研究成果の学会発表,研究参加中断可能であることについて,十分な説明を口頭にて行った。すべての被験者において同意が得られ,同意書に署名を頂いた。また,本研究は広島国際大学倫理委員会の承認を得た。【結果】被験者のプロフィールは年齢31.4 ± 4.3 歳(平均±標準偏差),身長157.4 ± 5.2cm,体重54.9 ± 7.1kg,妊娠週数23.6 ± 6.2週,初産婦13 名,経産婦7 名であった。身体症状では腰痛の経験がある者17 名,骨盤痛10 名,尿失禁9 名であった。主成分分析の結果,固有値が1 以上を示したのは第1 主成分は腰椎後弯-0.88,第2 主成分は仙骨傾斜角0.71,第3 主成分は胸椎後弯0.63 で高い負荷量を示した。また,累積寄与率は84.8%であった。以上の結果より,第1 主成分および第2 主成分は腰仙椎の弯曲の強弱,第3 主成分は胸椎の弯曲の強弱を示していた。脊柱アライメント指標である仙骨傾斜角は,大きな正の値なら骨盤前傾,小さな正の値または負の値であれば骨盤後傾を意味する。腰椎後弯角は,角度が正の値なら後弯,負の値なら前弯を示す。立位時の傾斜角は、角度が負の値の場合は全体の姿勢が後傾を表す。体幹と骨盤のなす角度は、角度が小さいと体幹後傾を表す。これに基づき第1 主成分と第3 主成分の主成分得点より姿勢を分類し,症状の有無での特徴を検討したところ,骨盤痛と尿失禁を有する者は腰仙椎が前弯減少・後傾し,胸椎は後弯する者がそれぞれ7 名ずつ分布していた。腰痛については症状のない被験者が2 名と少なく,特徴が不明だった。【考察】本研究の結果、腰仙椎の弯曲と胸椎の弯曲の強弱が、姿勢評価の指標となることが示され、骨盤痛と腰痛を有する妊婦は腰仙椎後傾と胸椎後弯を示すことが明らかとなった。妊婦は増大する腹部を保持し抗重力姿勢を保つために,体幹の質量中心を後方へ変位させなければならない。そのためには,脊椎と骨盤の形状を変化させる必要があり,腰仙椎後傾と胸椎後弯により対応していることが推測された。それに伴い腹部の安定化機構であるインナーマッスルの機能不全が生じやすく,結果として骨盤痛や尿失禁という腹部の筋機能不全による症状が発生していると推測された。【理学療法学研究としての意義】妊婦の姿勢と身体症状との関連性を明らかにすることで,身体症状の改善やその発症を予防するための理学療法介入方法が明らかとなることにつながる。そのため,本研究の結果はその根本的な指標となりうる。また,本研究を通して日本のウーマンズヘルスケアにおける理学療法士の職域拡大に寄与できるものと考える。
著者
深木 良祐 髙田 雄一 奥村 宣久 松岡 審爾 内山 英一
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48102091, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに,目的】 ヒトの立位バランス能力は生活を営む上で重要な能力の一つである.転倒の要因には筋力や協調性などの運動要因,深部覚や視覚・聴覚などの感覚要因,注意や意識や学習などの高次脳機能要因,床や照明や障害物などの外的環境要因があるが,立位バランスにはこれらが大きく影響していると考えられる.外的環境要因への介入に,インソール療法があげられるが,近年,立方骨サポート理論を基に作成されたBMZ社製インソール(以下BMZ)が注目されている.しかし,既存のインソールとBMZについて重心動揺を比較している研究はない.よって本研究の目的では,平地及び片斜面上でのインソールなし時,既存のインソール(インパクトトレーディング社製インソール 以下SUPER feet),BMZについて重心動揺を計測し,効果を明らかにすることとした.【方法】 対象者は足部形状に問題のない(以下通常足)学生20名(男性10名,女性10名),足部扁平足(以下扁平足)の学生20名(男性10名,女性10名)の計40名(身長164.4±8.2cm,体重56.8±7.9kg,靴のサイズ25.2±1.1cm)とし,扁平足の分類にはbony arch index(以下BAI)を用いた.計測には多目的重心動揺計測システムzebris(インターリハ株式会社製)を平地と右片斜面(15度の傾斜台)で計測した.紐なし運動靴でインソールなし,SUPER feet,BMZの総軌跡長と外周面積を計測し3条件で比較した.計測肢位は足間を10cm広げた立位とし,目線上に設置したマークを注視させた.計測は平地,片斜面の順とし,インソールの順はランダムとした.計測時間はそれぞれ30秒とし,条件変更の際1分間の休息を与えた.計測回数は各3回とし,平均値を解析に用いた.各条件での3回の測定値の平均を代表値とし,統計ソフトIBM SPSS statistics Version 19による,2要因に対応があり,1要因に対応のない3元配置分散分析を行い,各統計処理の有意水準は5%とした.【倫理的配慮,説明と同意】 全対象者に対して,事前に書面および口頭で本研究の方法と目的を説明し,研究協力の同意を得た上で実施した.【結果】 総軌跡長では,平地時,通常足でインソールなしは381.0±73.5mm,SUPER feetは365.8±76.2mm,BMZは369.1±73.5mmであり,扁平足でインソールなしは449.2±60.1mm,SUPER feetは412.2±57.9mm,BMZは417.6±73.5mmであった.片斜面時,通常足でインソールなしは1038.2±231.0mm,SUPER feetは1090.0±345.0mm,BMZは1001.4±240.3mmであり,扁平足でインソールなしは1150.9±308.4mm,SUPER feetは1168.5±434.1mm,BMZは1069.8±287.0mmであった.平地と片斜面で有意差が認められたが,インソールと足部環境の間に交互作用が発生した.平地では普通足,扁平足ともにインソールなしと比較し,SUPER feet,BMZ挿入後に有意に減少した(P<0.05).また,片斜面ではインソールなし,SUPER feetと比較し,BMZで有意に減少した(P<0.05).外周面積では,平地時,通常足でインソールなしは72.7±31.0mm²,SUPER feetは71.5±38.6mm²,BMZは82.4±51.1mm²であり,扁平足でインソールなしは103.3±56.5mm²,SUPER feetは91.1±40.0mm²,BMZは99.8±52.8mm²であった.片斜面時,通常足でインソールなしは108.6±70.4mm²,SUPER feetは118.6±109.1mm²,BMZは107.0±76.1mm²であり,扁平足でインソールなしは139.1±70.2mm²,SUPER feetは131.2±88.6mm²,BMZは133.0±71.5mm²であった.平地,片斜面ともにインソール挿入による有意差は認められなかった.【考察】 総軌跡長において,先行研究より内側縦アーチへの適度な圧が平地での重心動揺を小さくするという報告がある.内側縦アーチをサポートするSUPER feetではこれにより総軌跡長が有意に減少したと考える.しかしBMZは3つの足部アーチを1つの連動した足ドームとして捉え,これを支えている立方骨を支持する.よってSUPER feetの挿入による平地での重心動揺が安定した機序とは異なる影響である.片斜面ではインソールなし,SUPER feetと比較し,BMZで有意に減少した.SUPER feetでは片斜面に対して下方の足は足部回外がさらに増加するため,不安定になるのに対し、BMZではSUPER feetと比較し足部のアライメントをより中間位に保持できたものと考えられる.今後インソール挿入後のアライメントの変化についても検討する必要がある.【理学療法学研究としての意義】 本研究より,BMZには不整地における重心動揺距離のコントロールを容易にする効果が示唆された.
著者
幸田 仁志 岡田 洋平 福本 貴彦 森岡 周
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48100012, 2013 (Released:2013-06-20)

【目的】 高齢者や重度障害者は,寝たきり予防のため車椅子を使用する.しかし,不良姿勢での長時間座位は,体位変換及び除圧動作を出来ない対象にとって,褥瘡発生の危険性を高める.褥瘡は治癒困難な慢性創傷の一つとして位置づけられ,理学療法士は褥瘡予防の観点から,車椅子座位に及ぼす外力に対して介入を行う必要がある.外力とは圧迫力と剪断力を示し,圧に剪断力が加わることで褥瘡発生の危険性を高めるとされている.車椅子機構が殿部圧迫力に及ぼす影響が数多く報告されてきたが,殿部剪断力に及ぼす影響を検討したものは見当たらない.我々は第47回日本理学療法学術大会においてリクライニングにおける前方への剪断力の増加,ティルトにおける後方への剪断力の増加を示した.しかし,ティルト・リクライニングの組み合わせによる外力の影響は明らかでない.本研究の目的は,ティルト・リクライニングを組み合わせた角度変化が,圧迫力および剪断力に及ぼす影響を検証することとする.【方法】 対象は神経疾患,骨関節疾患に特記すべき既往がない健常成人12名(23.9 ± 1.8歳,男性6名,女性6名)とした.対象者はティルト・リクライニング機構が備わった車椅子上で3分間の座位保持を行い,測定中に不快を感じても姿勢を変えないように指示した.アームレストは使用せず,両上肢を組んだ状態で保持するように指示した.フットレスト高は,同一検者が被験者の大腿部と座面が水平になる高さに調節した.衣服は,座面とズボンの摩擦を統一するため,全被験者が同じ素材のものを着用した. 測定は,リクライニング0°,10°,20°の3条件、ティルト0°,5°,10°,15°,20°の5条件を組み合わせた計15条件で行った.対象者の疲労の要素を考慮して,各条件はランダムな順序で実施した.殿部に生じる圧迫力および剪断力の測定は,車椅子の座面に設置した可搬型フォースプレート(アニマ株式会社,KtSmp)で行い,それぞれ3分間の床反力垂直成分および前後成分の平均値を各対象者の体重で除した値とした. 統計学的解析には,ティルトとリクライニングを2要因とした反復測定二元配置分散分析を使用した.下位検定として各要因について一元配置分散分析を行い,Bonferroni法を用いて多重比較検定を行った.有意水準は1%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は所属機関の研究倫理委員会の承認(H23-21)を受けて実施された.対象者にはヘルシンキ宣言に基づき,実験の目的,方法,及び予想される不利益を説明し書面にて同意を得た.【結果】 圧迫力においては,2要因間での交互作用は認めず独立した要因であった.リクライニングの角度変化に主効果を認め,多重比較の結果は全てのリクライニング条件間において,傾斜角度の増大に伴い圧迫力の有意な低下を認めた. 剪断力においては,ティルトとリクライニングの交互作用は有意であった.単純主効果検定の結果はティルトに有意差を認め,全てのティルト条件間に有意差を認めた.多重比較の結果はティルト0°条件に対してティルト5°,10°条件は,前方剪断力の有意な低下を認めた.ティルト5°条件に対してティルト10°条件は,前方剪断力の有意な低下を認めた.ティルト10°条件に対してティルト15°,20°条件は,後方剪断力の有意な増加を認めた.【考察】 本研究の結果,リクライニング傾斜に伴う圧迫力の低下,ティルト5°,10°における前方剪断力の軽減,ティルト15°,20°における後方剪断力の増加が示された.リクライニングは,殿部へ加わる力を背面へ分散することで圧迫力を軽減したと考察する.先行研究では,リクライニングが前方剪断力の増加を示したことから,組み合わせて用いる際,後方剪断力を誘発するティルト傾斜をより必要とすると予測した.剪断力は二要因の交互作用がみられたが,結果的に全てリクライニング角度条件において,ティルト10°に剪断力軽減がみられた。ティルト10°の際は,背面から生じる前方への反力と,座面傾斜により生じる後方への滑りの力が,互いにほぼ等しい力の大きさとなり,殿部に生じる剪断力を軽減したと考察する.従って,圧迫力軽減にはリクライニング,剪断力軽減にはティルト10°の介入が推奨される.今後は,骨盤や脊柱といった体節の変化についての言及が課題である.【理学療法学研究としての意義】 本研究では,ティルト・リクライニングの組み合わせが,殿部に生じる外力に及ぼす影響を検証した.リクライニング20°ティルト10°の設定が,圧迫力および剪断力の双方の軽減を得る可能性が示唆され,褥瘡予防を介入する上で臨床的意義は大きい.
著者
尾崎 尚代 千葉 慎一 嘉陽 拓 西中 直也 筒井 廣明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48101619, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに】古くから諸家によって肩関節機能に関する研究がなされてきている。腱板機能訓練に関しては筒井・山口らの報告を契機に多くの訓練方法が用いられ、近年では肩甲骨の機能が注目され、肩関節求心位を得るための訓練方法が多々報告されている。しかし、肩関節の動的安定化機構である腱板を構成する各筋が肩関節求心位を保つための機能について報告しているものは渉猟した限りでは見つからない。今回、腱板断裂症例の腱板機能を調査し、肩関節求心位を保持する腱板機能について興味ある知見が得られたので報告する。【方法】2011年9月末までの2年間に当院整形外科を受診し、初診時に腱板断裂と診断された症例のうち、「Scapula-45撮影法」によるレントゲン像を撮影し、手術した症例35名(年齢60.8歳±12.7、男性19名・女性16名、罹患側 右22名・左13名)について、術前MRI所見および手術所見からA群(棘上筋単独断裂 23名)、B群(棘上筋+棘下筋断裂 5名)、C群(肩甲下筋を含む断裂 7名)の3群に分類した。 「Scapula-45撮影法」によるレントゲン像のうち肩甲骨面上45度挙上位無負荷像を用い、上腕骨外転角度、肩甲骨上方回旋角度、関節窩と上腕骨頭の適合性について、富士フィルム社製計測ソフトOP-A V2.0を用いて計測した。上腕骨外転角度および肩甲骨上方回旋角度は任意の垂線に対する上腕骨および関節窩の角度を計測し、関節窩と上腕骨頭の適合性は、関節窩上縁・下縁を結ぶ線を基準線として関節窩に対する上腕骨頭の位置関係を計測した値を腱板機能とした(正常範囲-1.11±2.1、大和ら1993)。統計学的処理は、Kruskal-Wallis検定、Mann-Whitney検定、χ²検定を用いて危険率5%にて行い、上腕骨外転角度、肩甲骨上方回旋角度、腱板機能について3群を比較検討し、さらに腱板機能については正常範囲を基に3群間で比較検討した。【説明と同意】当院整形外科受診時に医師が患者の同意を得て診療放射線技師によって撮影されたレントゲン像を用いた。なお、個人情報は各種法令に基づいた当院規定に準ずるものとした。【結果】測定平均値をA群、B群、C群の順で示す。上腕骨外転角度(度)は43.59±8.84、45.64±7.04、33.83±7.54、肩甲骨上方回旋角度(度)は10.17±13.46、0.96±5.02、24.87±22.92であり、上腕骨外転角度および肩甲骨上方回旋角度については3群間で有意差は認められなかった。腱板機能は-0.75±4.76、5.44±12.61、7.84±5.07であり、3群間で有意差は認められ(p=0.007)、なかでもC群はA群と比較して関節窩に対して骨頭の位置が上方に移動していた(p=0.0008)。腱板機能について正常範囲を基に各群間で比較した結果、A群では正常範囲に入るものが23名中10名(43.5%)であり、関節窩に対して骨頭が上方に移動しているもの、下方に移動しているものがそれぞれ26.1%、30.4%あったが、B群、C群では正常範囲に入るものが0%、14.3%であった。B群は骨頭の上方移動および下方移動を呈するものが半数ずつであったが、C群では7名中6名(85.7%)が骨頭の上方移動を呈しており、有意差が認められた(p=0.03)。【考察】腱板断裂の指標として用いられる肩峰骨頭間距離は下垂位前後像で計測し、その狭小化を認める症例は腱板断裂の疑いがあるとされているが、今回用いた機能的撮影法は肩甲骨面上45度拳上時における肩甲骨と上腕骨の位置関係を調査している。 当院では、肩関節疾患患者に対し理学療法実施時に疼痛誘発テストとして肩甲骨面上45度挙上位での徒手抵抗テストを行ない、理学療法プログラム立案の一助としているが、このテストと同一の撮影肢位であるレントゲン像を用い、腱板断裂症例の腱板機能を断裂腱によって分類して調査することによって肩関節の求心位に作用する筋が明らかになると考えた。その結果、棘上筋の単独断裂では約半数は正常範囲にあり、残りの半数および棘下筋を含む断裂では関節窩に対して上腕骨頭が上方あるいは下方へと移動するが、肩甲下筋を含む断裂では関節窩に対して上腕骨頭の上方移動が認められたことから、肩甲下筋の機能不全が肩関節求心位に大きく影響することが示唆された。また、上腕骨外転角度および肩甲骨上方回旋角度は各群間で差がなかったことから、腱板機能不全を呈する症例は上腕骨を空間で保持するために肩甲骨が様々な反応を示すことが推測でき、前回報告した結果を裏付けするものと考える。 臨床上、肩甲下筋を選択的に収縮させることによって肩関節可動域が改善する症例を経験するが、肩甲帯の土台である肩甲骨の機能はもちろんのこと、腱板機能不全に対し肩関節求心位を確保するために選択する理学療法プログラムは肩甲下筋を考慮する必要があると考える。【理学療法学研究としての意義】今回の結果から肩関節疾患症例に対しておこなわれる腱板機能に関する理学療法プログラム立案を再考する必要性が示唆された。
著者
豊田 和典 山本 泰三 矢口 春木
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48101156, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに、目的】膝蓋骨上脂肪体(suprapatella fat pad;以下SPF)は膝蓋骨上端と膝蓋上嚢前面と大腿四頭筋腱遠位後面で形成される三角形を埋めるように存在しており、その機能は膝関節屈曲時の大腿四頭筋腱の滑走や伸展機構の効率を高めること(H.U.Staeubli,1999)や大腿骨と膝蓋骨間での膝蓋上嚢のインピンジメントを予防すること(C.Roth,2004)が報告されている。SPFに関する報告は、MRIを用いての膝関節前面痛とSPF拡大の関係(C.Roth,2004)や滑膜増殖の指標として有効性を検討した報告(M.E.Schweitzer,1993・Lee HS,2000)、超音波画像診断装置を用いてのSPF浮腫に対する超音波検査とガイド下局所注射の有効性を示した症例報告(B.V.Le,2009)がある。静的な指標はあるものの、膝関節運動時のSPF動態に関する報告はほとんどない。そこで今回、SPFの大腿四頭筋腱側の長さ(以下;腱側長)が膝関節屈曲時にどのように変化するか超音波画像診断装置を用いて検討した。【方法】対象は神経学的および整形外科的疾患の既往がない健常男性10名で、測定肢はすべて左下肢とした。対象者の平均年齢は32.9±4.7歳、平均身長は174±6.4cm、平均体重は66.2±9.0kgであった。測定姿勢は背臥位とし、膝関節伸展時および膝関節屈曲90度・120度・最大屈曲・正座時の長軸像を撮影した。膝関節屈曲角度は東大式ゴニオメーターを使用して設定した。撮影は超音波画像診断装置(esaote社製 MyLab25)を使用して、プローブを皮膚に対して直角にあて、過度の圧が加わらないように注意した。撮影したSPF腱側長を内臓デジタルメジャーにて計測した。測定部位は下前腸骨棘と膝蓋骨中央を結ぶ線上でプローブ端を膝蓋骨上端とし、膝関節屈曲時には膝蓋骨とプローブの位置関係が変化しないように膝蓋骨の動きに合わせてプローブを操作した。測定は3回行い、その平均値を測定値とした。測定および計測はすべて同一セラピストが行なった。検討項目は、膝関節伸展時、膝関節屈曲90度・120度・最大屈曲・正座時のSPF腱側長とその増加率とした。増加率は膝関節伸展時の計測値を基準としそれぞれの膝関節屈曲角度で比較した。統計処理は多重比較法を用い、すべての統計解析とも危険率5%未満を有意水準とした。統計処理にはSPSS Ver.14を使用した。【倫理的配慮、説明と同意】実験に先立ち、対象者には研究内容について口頭にて十分に説明を行い、同意を得た。【結果】膝関節伸展時のSPF腱側長は18.0±1.1mm、膝関節屈曲90度では22.2±1.8mm、膝関節屈曲120度では23.0±1.6mm、最大屈曲では25.7±1.3mm、正座時は28.5±1.4mmであった。SPF腱側長の増加率は膝関節屈曲90度では123.5±10.0%、膝関節屈曲120度では128.3±10.6%、最大屈曲では143.1±10.7%、正座時は158.6±12.3%であった。それぞれの膝関節屈曲角度のSPF腱側長増加率に主効果が認められた。膝関節伸展は膝関節屈曲90度・120度・最大屈曲・正座時、膝関節屈曲90度および120度では最大屈曲・正座時、最大屈曲では正座時との間に有意差があった。膝関節屈曲90度と120度との間には有意差はなかった。【考察】近年、関節拘縮や疼痛の原因の一つとして関節周囲の脂肪体が注目されている。膝関節周囲の脂肪体は膝蓋下脂肪体や大腿骨前脂肪体、SPFがあり、関節もしくは関節周囲のスペースを埋めるように存在している。大腿骨前脂肪体とSPFの機能は比較的類似しており、筋・腱や膝蓋上嚢の滑走性維持、大腿四頭筋腱のレバーアーム長維持による伸展機構の効率化機能が報告されているが、動態についての報告はほとんどない。今回、SPFの腱側長増加率を指標に膝関節屈曲に伴うSPFの動態を分析した結果、腱側長増加率は膝関節屈曲に伴い増加しており、特に最大屈曲、正座時において顕著であった。関節可動域、特に深屈曲や正座を獲得するためには、SPFは大腿四頭筋腱の滑走を促すだけではなく、大腿四頭筋などの他の軟部組織と連動して十分に変形できる柔軟性が必要であり、SPFは関節可動域を制限する軟部組織の一つである可能性が示唆された。今回は、SPF腱側長のみの分析であったが、膝関節屈曲時にはSPF膝蓋骨側が変形する様子も観察できており、今後はSPF膝蓋骨側の動態や関節拘縮との関連性などの研究をさらにすすめていきたいと考えている。【理学療法学研究としての意義】SPFは膝関節機能改善を図るためには重要な組織であると考えられるが、その動態については明らかにされていない点が多い。今回、健常者のSPF動態の一部が明らかになったことで、理学療法手技や評価に応用していけるのではないかと考える。
著者
永岡 直充 今田 健
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48100802, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに、目的】大殿筋下部線維(以下,LGM)は歩行時における立脚初期の屈曲モーメントを制御し,同筋上部線維(以下,UGM)は中殿筋(以下,GMM)と共に立脚中期の骨盤落下を制御する筋として重要視されている。機能的に異なる作用を持つ大殿筋に対し,UGMの筋力強化を意識した股関節伸展外転運動を側臥位にて実施(以下,股関節外転位運動)している。本研究では,股関節外転位運動を伴う大殿筋筋力強化エクササイズ(以下,エクササイズ)を行い,UGM,LGMの筋活動を計測し,従来用いられている同筋の強化を目的とした異なるエクササイズとの比較を表面筋電図(以下,EMG)を用いて検討した。【方法】対象は,健常成人男性4例(年齢28.8±3.7歳,身長173.3±7.3cm,体重61.5±1.6kg,BMI20.6±1.3 kg/m2)であった。エクササイズ時に右側のUGM,LGM,GMMの筋活動を無線筋電計km-818MT(メディエリアサポート社)にて計測した。エクササイズは,腹臥位での股関節伸展運動(以下,腹臥位運動),片脚ブリッジ,股間節外転位運動,レッグプレス,フォワード・ランジの5通りとした。腹臥位運動は骨盤を固定した腹臥位にて,股関節伸展15°で膝窩から抵抗を加え2秒間保持した。片脚ブリッジは腕と左下肢を組んだ臥位にて,下肢90°屈曲,股関節内外転0°の肢位から体幹と大腿長軸が平行になるまで臀部を拳上し2秒間保持した。股関節外転位運動は膝関節90°屈曲位で固定した側臥位にて,足底をセラピストの骨盤に当てた。大腿骨に対し直角に抵抗を加えつつ,股関節屈曲,内転,内旋位から伸展,外転運動を股関節屈曲20°から-20°の範囲で行った。レッグプレスはシート角40°に設定したレッグプレスマシンに座り,下肢90°屈曲位から膝関節伸展0°まで伸展した。負荷量は1RMの60%とした。フォワード・ランジは両手を頭の後ろで組んだ立位にて,下肢90°屈曲位になるよう右下肢を踏み出し,2秒間保持した。運動回数は10回とし,運動開始から終了までの積分筋電図と最大随意筋力(以下,MVC)より相対筋電図(以下,%IEMG)を求めた。Tukeyの多重比較検を用いて5通りの%IEMGを筋ごとに比較した。独立変数は5通りのエクササイズ,従属変数は筋ごとの%IEMGとした。有意水準は1%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】ヘルシンキ宣言に従い,研究の目的,方法について説明し,研究の理解と同意が得られた上で実施した。参加は任意であり同意後もいつでも中断可能であること,それによる不利益を一切被らないこと,収集したデータは厳守されることを説明した。【結果】UGMでは股関節外転位運動,腹臥位運動,レッグプレス,フォワード・ランジ,片脚ブリッジの順に,LGMでは腹臥位運動,股関節外転位運動,レッグプレス,片脚ブリッジ,フォワード・ランジの順に,GMMでは股関節外転位運動,腹臥位運動,フォワード・ランジ,レッグプレス,片脚ブリッジの順に高い筋活動を示した。各筋(UGM/LGM/GMM)の%IEMGについて,腹臥位運動では62.7±14.9/68.4±13.5/38.9±29.1%,股関節外転位運動では84.7±41.6/61.5±26.5/54.1±48.9%であり,UGMにおいて股関節外転位運動は腹臥位運動に対し有意に高い値を示した(p<0.01)。さらに腹臥位運動と股関節外転位運動は,その他のエクササイズに対して有意に高い値を示した(p<0.01)。【考察】股関節外転位運動と腹臥位運動の3筋の%IEMGは同等の値を示し,その他のエクササイズとの比較において有意差を認めた。大殿筋は股関節伸展外転方向で最大の筋活動が発揮され,次いで伸展方向,外転方向の順に高い値を示すとの報告がある。股関節伸展と外転運動を組み合わせた股関節外転位運動においてUGMは高値を示したと考えた。一方,腹臥位運動は大殿筋本来の働きに即した抗重力肢位で行う運動として,UGM,LGMは共に高値を示した。この2つのエクササイズにおいて,UGMとLGMに対する負荷強度はMVCの60%を超えており,大殿筋の筋力強化を意識した運動として有効な方法と言える。さらに股関節外転位運動は,UGMに対し80%を超える負荷強度となり,UGM強化に特化したエクササイズである可能性が示唆された。臨床において,体幹および股関節術による禁忌肢位や片麻痺,円背など身体機能の変化に伴い,腹臥位を設定することが困難な場合が多い。本研究の結果から,患者の設定可能な姿勢に対応できるエクササイズ肢位の選択の幅が広がり,治療プログラム立案の一助になると考えた。【理学療法学研究としての意義】大殿筋は移動動作に重要な筋であり,幾多の筋力強化肢位が考案されてきた。今回の報告より,臨床で実施される代表的なエクササイズと股関節外転位運動について,EMGを用いて定量的に確認できた。股関節外転位運動は大殿筋の最大の筋活動を引き出しやすい肢位として,治療手段の1つとなり得ると考えた。
著者
山内 大士 松村 葵 中村 雅俊 市橋 則明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48101284, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに、目的】肩関節疾患患者では僧帽筋上部(UT)の過剰な筋活動と僧帽筋中部(MT)・下部(LT)、前鋸筋(SA)の筋活動量低下が生じることが多い。また肩甲骨運動に関しては、挙上運動時に上方回旋・後傾・外旋が減少すると報告されている。そこで肩甲骨機能の改善を目的とした様々なエクササイズが考案され、臨床現場で実施されている。特に、体幹や股関節の運動を伴ったエクササイズは近位から遠位への運動連鎖を賦活し、肩甲骨機能の改善の一助となると考えられている。しかし、体幹運動を加えた時に実際に肩甲骨運動や肩甲骨周囲筋の筋活動がどのように変化するのかは不明である。本研究の目的は、肩関節エクササイズに対して体幹同側回旋を加えた運動と体幹回旋を行わない運動とを比較し、体幹回旋が肩甲骨運動や肩甲骨周囲筋の筋活動に及ぼす影響を明らかにすることである。【方法】対象は健常男性13 名とし、測定側は利き腕側とした。測定は6 自由度電磁気センサーを用い、肩甲骨・上腕骨の運動学的データを測定した。また、表面筋電計を用い、UT、MT、LT、SAの筋活動を導出した。動作課題は、1)立位で肩甲骨面挙上運動(scaption)、2)立位で肩関節90 度外転位、肘90 度屈曲位での肩関節外旋運動(2ndER)、3)腹臥位で肩関節90度外転・最大外旋位、肘90 度屈曲位での肩甲帯内転運動(retraction90)、4)腹臥位で肩関節145 度外転位、肘伸展位での肩甲帯内転運動(retraction145)とした。それぞれの運動について体幹を最終域まで運動側に回旋しながら行う場合と、体幹を回旋しない場合の2 条件を行った。運動は開始肢位から最大可動域まで(求心相)を2 秒で行い、1 秒静止した後2 秒で開始肢位に戻り開始肢位で1 秒静止させた。運動速度はメトロノームを用いて規定した。筋電図と電磁センサーは同期させてデータ収集を行った。肩甲骨角度は胸郭セグメントに対する肩甲骨セグメントの オイラー角を算出し、安静時から最大可動域までの運動角度変化量を求めた。筋活動は最大等尺性収縮時を100%として正規化し、求心相の平均筋活動量を求めた。 またMT、LT、SAに対するUTの筋活動比を算出した(UT/MT、UT/LT、UT/SA)。筋活動比は値が小さいほどUTと比較してMT、LT、SAを選択的に活動させていることを示す。統計処理はエクササイズごとにWilcoxon 符号付順位検定を用い、体幹回旋の有無について肩甲骨運動角度の変化量と肩甲骨周囲筋の平均筋活動量と筋活動比を比較した。有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】被検者には十分な説明を行い、同意を得たうえで実験を行った。【結果】1)scaptionにおいて、体幹回旋を加えることで肩甲骨外旋・後傾が有意に増加した。筋活動はMT、LTが有意に増大した。筋活動比はUT/MT、UT/LTが有意に減少した。2)2ndERにおいて、体幹回旋を加えることで肩甲骨外旋が有意に増加した。筋活動はUT、MT、LTが有意に増大した。筋活動比はUT/MTが有意に減少した。3) retraction90、4)retraction145 において、体幹回旋を加えても外旋と後傾には変化がなかった。筋活動はUTが有意に減少した。筋活動比はUT/MT、UT/LT が有意に減少した。【考察】体幹の回旋を加えることで1)scaption、2)2ndERにおいてはより大きな肩甲骨外旋や後傾を誘導し、またMT、LT筋活動を増大させることができた。上肢挙上時の上部胸椎の同側回旋と肩甲骨外旋には正の相関があるとされている。よって体幹の同側回旋により上部胸椎の回旋が生じ肩甲骨外旋は増加し、また肩甲骨外旋を引き出すためにMT、LTが促通され筋活動量が増加したと考えた。 MTやLTの活動が低下し、肩甲骨が内旋・前傾する患者にはこれらのエクササイズに体幹同側回旋を加えることが適していると示唆された。3) retraction90、4)retraction145 では体幹を同側回旋させても肩甲骨の外旋や後傾を誘導することはできなかった。retractionは肩甲骨外旋を大きく引き出す運動であると報告されており、そのため体幹回旋を加えたとしてもそれ以上の肩甲骨運動の変化は見られなかったと考えられる。しかし、UTと比較しMTやLTが選択的に筋活動しやすくなるため、UTを抑制しつつMTやLTの筋活動を高めたい場合には適していると示唆された。【理学療法学研究としての意義】本研究で行った体幹回旋を加えたエクササイズエクササイズを肩関節疾患患者に対する従来のリハビリと組み合わせて用いることで、より効果的な理学療法を行うことができる可能性があり、臨床に生かせる理学療法研究として、本研究の意義は大きい。
著者
赤澤 直紀 原田 和宏 大川 直美 岡 泰星 中谷 聖史 山中 理恵子 西川 勝矢 田村 公之 北裏 真己 松井 有史
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48100299, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに、目的】マッサージは筋機能回復の促進,遅発性筋痛の軽減には効果があると報告されているが関節可動域に与える効果については十分に検証されていない.Hopper(2005)は健常者のハムストリングス筋腹に5分間の揉捏法を施行したマッサージ群とコントロール群のHip Flexion Angle(膝関節伸展位股関節屈曲角度:HFA)変化量に有意差は認めなかったと報告している.一方,Huang(2010)は,健常者のハムストリングス筋腱移行部に対する30秒強擦期のHFA変化量はコントロール期より有意に高値であったと報告している.これら先行研究の結果の違いについては筋腹,筋腱移行部といったマッサージ部位の違いが影響していると推察されるが,関節可動域にマッサージ部位の違いが与える効果を検証した報告は見当たらない.本研究の目的は,健常成人のHFAにハムストリングス筋腹,筋腱移行部といったマッサージ部位の違いが及ぼす効果を検証することである. 【方法】対象は両側他動HFA60°以上の健常成人男性32名(32肢)とし,この対象者を筋腱移行部マッサージ(筋腱移行部)群,筋腹マッサージ(筋腹)群,コントロール群へ無作為に割り付けた.介入マッサージ手技はGoldberg(1992)によって脊髄運動神経興奮抑制の効果が確認されている圧迫を採用した. Goldberg(1992)の報告を参考に圧迫内容はgrasping・lifting・releasing,圧迫周期は0.5Hz,施行時間は3分,圧迫圧は18.7mmHgと設定した.筋腱移行部群のマッサージ部位は大腿骨内・外側上顆から4横指近位の範囲とし,筋腹群のマッサージ部位はさらに4横指近位の範囲とした.コントロール群のマッサージ部位はアウトカム測定下肢の対側ハムストリングス筋腹とした.介入時の対象者肢位は有孔ベッド上腹臥位とした.アウトカムは盲検化された評価者によって測定された介入前後のHFA,HFA60°受動的トルクとした.HFAはデジタルカメラで撮影した画像を基に画像解析ソフトImage Jを用いて0.01°単位で解析した.なお,介入後HFA測定時受動圧は介入前HFA最終域受動圧に一致させた.HFA受動圧測定には徒手保持型筋力測定器を使用し,対象者の踵骨隆起部で測定した.統計解析は各群の介入前後のHFA変化量の比較に介入前HFAを共変量とした共分散分析,事後検定として多重比較法を実施した.またHFA,HFA60°受動的トルクについて各群内の介入前後比較に対応のあるt検定を実施した.本研究における統計学的有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】対象者には研究の趣旨と手順を書面と口頭により説明し,研究の目的,危険性等について理解を得た上で,文書で同意を得た.本研究は吉備国際大学倫理審査委員会の承認を得て実施した.【結果】無作為割り付けの結果,筋腹群11名,筋腱移行部群11名,コントロール群10名となり各測定項目ベースラインで3群間に有意差は認められなかった.共分散分析の結果,主効果を認め多重比較法により筋腱移行部群HFA変化量(4.1±1.4°)はコントロール群(-1.5±1.4°)より有意に高値を示した.筋腹群HFA変化量(0.89±1.4°)と筋腱移行部群,コントロール群HFA変化量には有意差は認めなかった.HFAは筋腱移行部群で介入前と比較し介入後に有意に高値を示した(69.9±3.0°→74.7±4.6°).HFA60°受動的トルクは筋腱移行部群で介入前と比較し介入後に有意に低値を示した(42.5±12.8Nm→36.3±15.4Nm).HFA,HFA60°受動的トルクについて他2群では有意差は認められなかった.【考察】筋腱移行部へのマッサージはHFAを拡大させ得る可能性がある一方,筋腹へのマッサージはHFA拡大に効果が少ない可能性が示唆された.また,筋腱複合体の柔軟性を反映する受動的トルクに関しては筋腱移行部群で介入直後に低下する傾向を示した.近年,関節可動域の拡大においては筋腱複合体の柔軟性向上とstretch toleranceの増大が大きく影響すると報告されている.本研究においては,介入前後のHFA測定時の受動圧を対象者内で統一したためstretch toleranceがHFAに影響を与えたとは考えにくい.従って筋腱移行部群の介入後でのHFA拡大にはハムストリングス筋腱複合体の柔軟性向上が寄与したのではと推察された.【理学療法学研究としての意義】ハムストリングス筋腹,筋腱移行部といったマッサージ部位の違いがHFAに与える効果の差異を明らかにした点で理学療法研究としての意義があると考える.
著者
三浦 拓也 山中 正紀 武田 直樹
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48101189, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに、目的】体幹の安定性は従来,腹直筋や脊柱起立筋群などの体幹表層筋群の同時収縮により提供されると考えられてきた.しかしながら近年,これらの筋群の過剰な同時収縮はまた腰椎にかかる圧迫力を増加させ,腰痛発症のリスクとなり得るということも報告されており,体幹表層筋への依存は腰椎の安定性に対して負の影響をもたらす可能性が示唆されている.対して,腹横筋や腰部多裂筋を含む体幹深層筋群は直接的に,もしくは筋膜を介して間接的に腰椎に付着するため,その活動性を高めることで腰椎安定性を増加させることが可能であると言われている.しかしながら,増加した体幹深層筋群の活動性が表層筋群の活動性にどのような影響を与えるかについて同一研究内で報告したものは見当たらない.本研究の目的は,体幹深層筋群の活性化が表層筋群の活動性に与える影響について筋電図学的に調査することである.【方法】対象は,体幹や下肢に整形外科学的または神経学的既往歴の無い健常者6名(22.4 ± 1.1歳,166.9 ± 2.0 cm,60.5 ± 3.6 kg)とした.筋活動の記録にはワイヤレス表面筋電計(日本光電社製)を周波数1000 Hzで使用し,対象とする筋は右側の三角筋前部線維,腹直筋,外腹斜筋,内腹斜筋-腹横筋,脊柱起立筋,腰部多裂筋とした.実験プロトコルに関して,立位姿勢にて重量物(2,6 kg)を挙上させる課題を異なる条件にて実施した.条件は特に指示を出さずに行う通常挙上と,腹部引きこみ運動(Abdominal drawing-in maneuvers;ADIM)を行った状態での挙上の2つである.各条件において測定は計5回ずつ行い,得られた筋電データはband-pass filter(15-500 Hz)を実施した後にroot-mean-square(RMS)にて整流化した.全課題を終えた後に各筋における5秒間の最大等尺性収縮(MVIC)を取得し,これを用いて筋電データの標準化を行った.重量物挙上のonsetを加速度計にて決定し,その前後200 ms間の筋電データを解析に使用した.統計解析は各課題(2-N;2 kg-通常挙上,2-A;2 kg-ADIM挙上,6-N;6 kg-通常挙上,6-A;6 kg-ADIM挙上)の比較に一元配置分散分析(SPSS Advanced Statistics 17,IBM 社製)を使用し,post-hocにはFisher’s LSDを用いた.有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】本研究の被験者には事前に書面と口頭により研究の目的,実験内容,考えられる危険性,データの取り扱い方法等を説明し,理解と同意を得られた者のみ同意書に署名し,実験に参加した.本研究は本学保健科学研究院の倫理委員会の承認を得て行った.【結果】外腹斜筋は6-A挙上時,6-N挙上と比較して有意に活動量が減少し(p<0.05), 2-N挙上と比較して6-N挙上では有意に活動量が増加した(p<0.05).内腹斜筋-腹横筋では2,6 kgのそれぞれでADIM挙上時,通常挙上と比較して有意に活動量が増加した(p<0.05).脊柱起立筋では6-A挙上時,6-N挙上と比較して有意に活動量が減少し(p<0.05), 2-N挙上と比較して6-N挙上では有意に活動量が増加した(p<0.05).腹直筋および腰部多裂筋においては有意差は認められなかった.【考察】ADIMを行った状態での挙上課題において,外腹斜筋および脊柱起立筋では筋活動量の減少が認められた.このことは重量物挙上による体幹動揺に抗するための体幹表層筋群への努力要求量が減少したことを示唆するかもしれない.この努力要求量の減少は,ADIMにより体幹深層筋群が活性化され,これに伴う体幹安定性の増加がもたらしたものと推察される.実際に内腹斜筋-腹横筋ではADIM挙上時に有意にその活動量が増加している.腹直筋や腰部多裂筋において有意な差が認められなかったことについては,主に体幹伸展モーメントを必要とする本研究の課題特性が影響したものと考えられる.体幹深層筋群の筋活動計測に対してはこれまでワイヤー筋電計などの手法が用いられてきたが,本研究結果はそれら先行研究と同様の結果が得られたため表面筋電においても体幹深層筋群の活動性を捉えることが可能であると示唆された.また,体幹表層筋群の同時収縮は腰椎に対して力学的負荷増加といったリスクを伴う可能性があるため,その活動性を減少させる体幹深層筋群の活性化は腰椎の安定性に対して重要な働きを持つものと考えられる.この体幹深層筋群の活性化による腰椎安定性増加は,将来的な腰痛発症を予防するという観点から臨床家が取り組むべき課題であると思われる.【理学療法学研究としての意義】本研究により,体幹深層筋群の活性化が体幹表層筋群の活動性を減少させることが示唆された.本所見は将来的な腰痛発症を防ぐためにも重要な知見であり,腰痛に対するリハビリテーションの一助となるものと考える.