著者
今野 絵奈
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2007, pp.52, 2007

<BR>1. はじめに<BR> 農業の持続的発展において重要なことは、有機廃棄物を再利用し、環境へ過度に負荷をかけないことである。都市近郊では、混住化に伴い、地域住民から、悪臭や騒音などの苦情が発生し、畜産農家は、経営を維持していくために、排せつ物処理を適正に行い、悪臭や衛生害虫などの公害発生の予防措置を行う必要があった。本報告ではどのように排せつ物が処理されているのか、また副産物である堆肥がどのように流通しているのかを明らかにして、都市近郊における環境保全に配慮した地域内循環型養豚業の課題を考察することを目的とする。この課題を考察するために、報告では養豚農家の飼養、環境に関する苦情などの現状を統計より把握した上で、環境保全に対する行政や農家の対応を聞き取り調査に基づき明らかにしていく。調査対象として、全国に先駆けて畜産の環境対策に力を入れてきた神奈川県の養豚農家を設定した。<BR><BR>2. 堆肥化と公共下水処理の比較<BR> 排せつ物を処理するために、浄化槽と密閉縦型強制発酵装置が利用されている。初期投資に1,500~6,000万円かかり、その30%にあたる450~1,800万円の補助が市町村によって行われている。また、排せつ物を処理するために、電気代や燃料代として、約10万円/月かかる。副産物としての堆肥を販売することで、1ヶ月のランニングコストとほぼ同じ金額の収入を得ている。しかし、装置の修繕費は1回に200~500万円かかり、農家の負担は大きい。<BR> 公共下水の初期投資は、10~100万円で、従来の処理施設より安価である。処理費用は約6円/頭であり、1ヶ月あたり約4万円/18t(7,800頭分)である。堆肥化処理に比べると初期投資、処理費用、労働力における農家負担は小さい。しかしながら、畜産公害の改善を図るため、経費・労働力削減のために、多くの農家が公共下水を導入したら、堆肥の生産量が減少する。その結果、耕種農家は、多量の化学肥料を投入し、地力低下の進行、作物育成障害が生じ、環境に負荷を与えかねないことになる。<BR> 市街化区域外の畜産農家は市街化区域内の畜産農家と比べて、排せつ物処理費用の負担が重く、環境に配慮した養豚業を営むために、公共下水の利用を検討している。農家は排せつ物処理費用を国民の税金に頼ることとなり、汚染者負担の原則に反することと考えられる。また、経費・労働力削減のために、多くの農家が公共下水を導入したら、堆肥の生産量が減少する。その結果、耕種農家は、多量の化学肥料を投入し、地力低下の進行、作物育成障害が生じ、環境に負荷を与えかねないことになる。そのため、公共下水の処理費用を1頭あたり6円から10円に値上げし、従来の処理費用と同じような金額にする必要があると考えられる。<BR><BR>3. 堆肥の価格と流通範囲<BR> 堆肥を利用する農家は、牛・豚・鶏ふん堆肥を用途によって使い分けている。養豚農家は、密閉縦型強制発酵装置で生産した堆肥を利用量に応じて、袋詰めとバラ売りに分けている。生産した堆肥はほぼすべて消費されている。<BR> 耕種農家は軽トラやダンプで養豚農家に出向き、1m<SUP>3</SUP>あたり1,300~3,000円で購入している。一方、家庭菜園のように少量の堆肥使用のための袋詰め堆肥は、1袋10~16kgで300~500円で取引されている。袋詰め堆肥は袋の印刷代や作業コストも含まれるため、多少割高の価格設定になっている。<BR> 畜産農家では、毎日同量の堆肥が生産されるため、堆肥舎に保管できる量は限られている。そのため、販売することで収益を上げることよりも堆肥の残量を増やさないために、継続的な購入者に、同じ価格でも量を増やして販売するなどの工夫を行っている。<BR> 堆肥の流通範囲は、養豚農家のある厚木市、藤沢市、横浜市、綾瀬市の野菜農家や家庭菜園や近隣の海老名市、津久井町、箱根の宿舎と契約している小田原市の農家、大根やキャベツで有名な三浦市や横須賀市の耕種農家にも販売している。堆肥は養豚農家の近隣にある耕種農家や家庭菜園を中心に、小規模な範囲で流通している。<BR><BR>4. まとめ<BR> 神奈川県では、堆肥化施設をいち早く取り入れたため、臭気発生は激減し、苦情も減少した。さらに、2004年から家畜排せつ物の適正な管理及び処理が法律により義務づけられ、生産者は、従来以上に、環境負荷を軽減する取り組みが求められるようになり、飼育環境や制限保守などに、より一層神経を遣うようになった。<BR> 家畜排せつ物の再利用法として、堆肥化を促進させるためには、公共下水処理の価格引き上げや散布しやすいペレット堆肥の開発が必要である。また、宅地転用のため、1990年代以降、耕地が減少している。今後、堆肥を還元する農地を保全することも重要である。