著者
木下 俊一郎 伊形 尚久
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.8, pp.542-547, 2019-08-05 (Released:2020-01-31)
参考文献数
10

磁力線は,ひも状の実体である――この主張にすぐさま賛同してくれる読者は,どれくらいいるだろうか.だがこの描像は,電磁場によってブラックホールからエネルギーを引き抜く「Blandford–Znajek機構」の本質をきわめて自然に説明する.回転している物体に絡んだひもは,物体にトルクをおよぼしてその回転にブレーキをかける.この結果,物体は角運動量と回転エネルギーを失い,その角運動量とエネルギーはひもの張力を介して物体から取りだされる.物体をブラックホールに,ひもを磁力線に読み替えたものが,Blandford–Znajek機構の原理である.宇宙には,活動銀河核やガンマ線バーストといった,ほぼ光速に近い速度でプラズマガスを噴き出す,いわゆる相対論的ジェットを伴った天体現象が様々なスケールで存在する.このような天体の多くは中心にブラックホールをもつことが示唆されるため,そのブラックホールの回転エネルギーは相対論的ジェットの莫大なエネルギーの供給源となり得る.Blandford–Znajek機構は,非常に強い電磁場中を伝導性の高いプラズマが満たしている,電磁場優勢プラズマの環境下にあるブラックホール周辺ではたらく.ブラックホールの回転エネルギーから,高効率で強力なエネルギー流束を達成できるため,相対論的ジェットの駆動メカニズムとして盛んに研究されてきた.近年では,一般相対論的磁気流体力学に基づく数値シミュレーションも可能となり,エネルギー流束の生成も確認されている.ところが,Blandford–Znajek機構の物理的描像に対する理論的な説明は,研究者によって見解・解釈が異なっており,いくぶん混乱や誤解が生じている(一部には,この機構が因果的な問題をはらむという批判さえある).この系でとりあつかう対象には,電磁場・電流・プラズマの運動などに加えて,ブラックホールの強重力による顕著な一般相対論的効果もある.結果,電場や磁場などの様々な物理量が,場所や座標系に応じて相対的にその意味や解釈を変えてしまう.この点が物理的描像を見えづらくしている一端であろう.ここでは従来とは異なるアプローチとして,電磁気学における磁力線と,南部・後藤ストリングとの対応に着目する.すなわち,冒頭の主張である.磁力線は,接線方向に縮もうとする磁気張力と垂直方向に反発しようとする磁気圧をもつ.とくに張力の大きさは,南部・後藤ストリングと同じようにエネルギー密度と等しい.このような力学的性質は,磁力線を主体とする力学系として,ストリングの場合と類似した形に定式化される.いうなれば,磁力線は座標系の選び方などによらない“変わらない”物理的概念なのである.以上の観点に立つと,Blandford–Znajek機構で標準的な定常・軸対称系の磁力線は,ブラックホールまわりを一様角速度で剛体回転している南部・後藤ストリングと明白に対応づけされる.さらに特筆すべきは,エネルギー引き抜きの指標である単位張力あたりのエネルギー・角運動量流束が,どちらの系もエルゴ領域内の全く同じ場所・同じ代数関係式で決定されることである.この結果は,磁力線とストリングによる両者のエネルギー引き抜き機構が,運動方程式を解かずとも決まる局所的な同じキネマティクス,つまり張力により支配されていることを意味している.