著者
菅澤 雄大 伊東 真佑
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2014, 2014

2013年10月11日に発生した台風26号は,10月15日の夜から10月16日の明け方にかけて関東地方沿岸に最接近した.この台風26号は10年に1度の規模の大型台風と言われ,伊豆大島では大規模な表層崩壊と土石流が発生し,36人が死亡,3人が行方不明となる甚大な被害をもたらした(「朝日新聞」2013年12月30日朝刊).首都圏でも強風や大雨で交通網が乱れ,通勤・通学に支障が出た. 台風26号は,関東地方の東の太平洋上を通過したため,太平洋に面した平野部や海上において主に被害をもたらした.その一方で,関東地方や中部地方の山岳地域での土砂災害の報告は少なかった.近年,これらの山岳地域には,いわゆる「登山ブーム」によって多くの登山客が訪れている.今回の台風では登山客を巻き込む土砂災害は発生しなかった.しかし,強風や大雨の影響を受けやすい山稜部の登山道では倒木や小規模な崩壊が起こり,登山客の利用を妨げる障害が起こった可能性は十分にあり得る.このような被害は小規模であったとしても放置されることによって,登山道の管理を困難にするだけでなく登山者の事故を引き起こす可能性もあり,決して看過してはならないものと考える. そこで今回は,南アルプス北部,鳳凰三山の薬師ヶ岳(標高2780 m)に至る登山道において,台風26号が最接近した10月16日の2日後の10月18日に台風による倒木や登山道の崩壊の状況を調査し,山小屋の小屋人の聞き取り調査から登山道の整備活動についても知ることができたので報告する.薬師ヶ岳は南アルプス北部の鳳凰三山の一角で,山梨県南アルプス市と韮崎市の市境に位置している.多くの登山者は,甲府駅から山梨交通のバスを利用して,夜叉神峠登山口(標高1375 m)からこの山に登る.この登山コースは東京からのアクセスがよく,登山口から山頂までの標高差も小さい.また,岩場やガレ場などの危険箇所も少ないコースであることから,登山客の年齢構成も幅が広く,子供から年配者まで多くの登山者が訪れている.今回は,夜叉神峠登山口から薬師ヶ岳山頂までの登山道を調査地域に選定した. まず,気象状況を明らかにするため,台風26号が最接近した10月16日の前後2日間の降水量と風向・風速のデータを甲府気象台と山梨県・長野県のAMeDAS(計7ヶ所)から収集した.現地調査は,台風通過2日後の10月18日に行い,登山道沿いに見られた倒木や登山道の崩壊の発生位置をGPS(GARMIN社製Oregon 550TC)を用いて測量した.また,この登山道沿いに立地する薬師ヶ岳小屋(標高2711 m)と南御室小屋(標高2429 m)の小屋人から,台風接近時の小屋周辺の状況や登山道の整備活動に関する聞き取りを実施した.調査結果は以下のようにまとめられる. ① 調査地域に一番近い韮崎の気象データを見ると,降水量は10/15の22時から増え始め,10/16の6時には0.0 mmとなった.また,10/16の1時から2時に時間雨量の最高値(8.5 mm)を観測した.風は,10/16日の2時から強くなり,7時~8時に最大平均風速(15.6 m/s)を観測した. ② 現地調査の結果,登山道沿いにおいて倒木は18ヶ所,登山道の崩壊は9ヶ所存在することが明らかになった. ③ 倒木は,夜叉神峠登山口~夜叉神峠小屋(標高1375~1750 m)のカラマツ植林地,辻山(標高2584 m)周辺のシラビソ林で多かった. ④ カラマツ・シラビソの倒木には胸高直径が30 cm以上の樹木(年輪計測の結果,樹齢100年以上)が多かった.倒木の状態には,幹折れと根返りが認められた. ⑤ 調査地域北部の南御室小屋から薬師ヶ岳山頂付近までの登山道沿いに小規模な崩壊が多く見られた. ⑥ 辻山(標高2584 m)周辺で発生した倒木は,調査を行った10/18(台風最接近日の2日後)には短く切られ,登山道の通行を妨げない場所に移されていた.これは,南御室小屋の小屋人が独自に行った活動であった.また,小屋人は,地元の登山者の知らせで倒木の存在を知ったとのことである. ⑦ 聞き取り調査から辻山周辺は強風が吹き抜け,倒木が発生しやすい場所である一方,南御室小屋から薬師ヶ岳山頂まではこれまでも倒木が少なかったことが明らかになった.