著者
伊藤 みちる
出版者
大妻女子大学人間生活文化研究所
雑誌
人間生活文化研究 (ISSN:21871930)
巻号頁・発行日
vol.2019, no.29, pp.603-609, 2019-01-01 (Released:2020-01-24)
参考文献数
23

カリブ海地域におけるイスラム社会の規模は島々によってまちまちである.そのイスラム教徒は,大航海時代以降のヨーロッパ列強の新大陸植民地政策に関連し,世界各地からカリブ海地域に連れて来られた者たちが主流である.そのためカリブ海地域には,多文化,多民族・多人種が集まる,コスモポリンなイスラム社会が形成されている.そのイスラム社会は,21世紀のカリブ海地域においては拡大を続けている.その中で,急進的で過激な思想を持つイスラム教徒も出現しているが,カリブ海地域におけるイスラム教徒の多くは,キリスト教徒やヒンドゥー教徒などと,平等かつ重要な文化構成要素としての地位を築いている.
著者
伊藤 みちる
出版者
大妻女子大学人間生活文化研究所
雑誌
人間生活文化研究 (ISSN:21871930)
巻号頁・発行日
vol.2018, no.28, pp.660-695, 2018-01-01 (Released:2019-07-26)
参考文献数
107

本稿は,旧英領カリブ海諸島におけるヨーロッパ系白人のアイデンティティとしての白人性の多様性に着目し,バルバドスとトリニダードを例に,白人性の違いやその特徴を探るものである.この課題は,フランス系トリニダード人の白人性構築の過程について探った拙稿 “Constructing and Reproducing Whiteness: An oral history of French Creoles in Trinidad” (2016) [1] と“French Creoles in Trinidad: Constructing and Reproducing Whiteness” (2006)[2] において,フランス系トリニダード人が他ヨーロッパ系白人と同一視されることが不本意であると強調していたことに端を発する.本稿では特に「ヨーロッパ系白人とは誰か」という問いを中心に,蓄積が少ないカリブ海地域の白人性に関する実態の一端を明らかにすることを目指した.そのため2016年8月と2017年2月にバルバドスとトリニダードを訪問し,ヨーロッパ系白人であると自己認識し,他者にも認識される者を対象にオーラル・ヒストリーの聞き取りを行った.本稿で引用した各島5名分の語りの分析から明らかになったのは,バルバドスのヨーロッパ系白人は自身の混血の事実を隠そうともせず,身体的特徴が許す限りバルバドス社会ではヨーロッパ系白人として認識され,ヨーロッパ白人として名乗れるということである.他方,白人としての純血性が重視されるトリニダードでは,ヨーロッパ系白人は自身の混血の可能性を否定し,異人種間結婚に嫌悪を示す者が多かった.バルバドス総人口の2.7%,トリニダードの総人口の0.7%しか存在しないヨーロッパ系白人が,今後も「白人」であり続けることは,特にこのグローバル化が進んだカリブ海地域では困難である.そのような状況下においてなぜヨーロッパ系白人としてのアイデンティティを強固に持ち続けるのか.それについては,後続研究としてヨーロッパ系白人と非ヨーロッパ系白人の交流に注視していきたい.
著者
伊藤 みちる 工藤 理恵 徳増 紀子
出版者
大妻女子大学人間生活文化研究所
雑誌
人間生活文化研究
巻号頁・発行日
vol.2018, no.28, pp.752-792, 2018

<p> 1965年の発足以来,日本政府の国際協力事業である青年海外協力隊は「日本語教師」隊員を継続的に世界の様々な国・地域に派遣してきた.2018年9月末までに累計2000人弱の派遣実績があり,公的事業として日本語教育支援を続けてきた.近年,特に隣国の政府主導の言語・文化学習施設の建設が世界中で見られるようになり,国内外の日本語教育に関する成果の数値化が盛んに行われている.本稿は,日本語教育の成果として,それら数値化された成果だけではなく,公的な日本語教育支援に関わった元学習者と元教師である当事者の立場から日本語教育の質的な成果に着目し,その成果を問い直すことを目的としている.</p><p> 本稿は,青年海外協力隊の日本語教師として2年間,それぞれブルガリア,ジャマイカ,ベトナムで活動した3名が,その個々の支援の姿に注目し,当事者の観点から,質的な成果を長期的視座に立って記録しようと試みたものである.協力隊活動を終え10年以上が経過した現在,当時の元学習者が,日本語を学習していた当時をどのように捉え,その後の歳月をどのように過ごし,現在を生きているのか.それぞれの国で日本語教育の現場における当事者であった元学習者と元教師という立場で,当時から現在までを振り返り,その成果を記録する.本研究は,長期的視座に立つというこれまでにない新たな視点で,青年海外協力隊に代表される公的な日本語教育支援の質的に示される意義を,海外における日本語教育の成果として示すことを目的とするものである.</p><p> 結論としては以下である.ブルガリアは公的支援を一定期間受けた後に,支援が終了し現在は被支援国ではなくなった.また,ジャマイカは公的支援により安定した日本語教育支援体制が整えられ,徐々に規模を広げつつある.そして,ベトナムは当時,公的支援が中心となり日本語教育を支え,現在は世界有数の日本語学習者数を誇る.このような多様な背景を持つ3カ国において,公的支援による日本語教育を長期的に実施する意義が同様に認められた.</p>
著者
伊藤 みちる
出版者
Institute of Human Culture Studies, Otsuma Women's University
雑誌
人間生活文化研究 (ISSN:21871930)
巻号頁・発行日
vol.2016, no.26, pp.613-645, 2016 (Released:2017-03-04)
参考文献数
124
被引用文献数
1 1

本稿は,植民地時代より圧倒的な経済的且つ文化的な影響力を持ちながらも,長らく研究の対象とされてこなかったトリニダードのフレンチ・クレオールと呼ばれる人々の白人性について探求した.白人性は非普遍的で時と場所により異なる概念を持つが,植民地時代から現代のトリニダード社会において,貴族性や徹底的な白人純血性を誇るフレンチ・クレオールが,非白人に対する根拠のない差異と優越性を信仰し社会経済的特権を享受する「白人性」をどのように構築,継続,再構築してきたのかを探った.トリニダードにおいて,フレンチ・クレオールの白人性構築過程に関連する一次資料の収集を行った.雪達磨式標本抽出法により集めた24名のフレンチ・クレオールに対し,オーラル・ヒストリー法を用い対面聞き取り調査を行い,談話分析を通して体験談の分析を行った.調査結果によると,トリニダードのフレンチ・クレオールは,世代に関わらず,強い白人優越性を持つことが明らかになった.一方で,植民地時代を経験した世代とは異なり,若年層はマイノリティとして,アフリカ系・インド系がマジョリティのトリニダード社会への同化を試みるため,フレンチ・クレオールとしてのアイデンティティを軽視すると発言する.しかしフレンチ・クレオールとしての主観的,また総人口の8割を占めるアフリカ系・インド系などの他社会構成員による客観的な白人性が原因となり,フレンチ・クレオールは現代トリニダード社会へ完全には同化していない.
著者
伊藤 みちる
出版者
Institute of Human Culture Studies, Otsuma Women's University
雑誌
人間生活文化研究 (ISSN:21871930)
巻号頁・発行日
vol.2016, no.26, pp.63-97, 2016 (Released:2016-09-16)
参考文献数
148
被引用文献数
1

本稿は,カリブ海における地域統合体「カリコム」の更なる地域経済政治統合の動きである「カリコム単一市場経済(CSME)」について,その完成を妨げている様々な要因の理論的背景を先駆的に探求したものである.カリコム加盟国15ヶ国における天然資源や人的資源の不足,また弱小且つ脆弱な経済がもたらす様々な問題を解決し,統合を達成しようとする政治意思や強いリーダーシ ップが,なぜ域内において欠如しているのかを探り,理解を推し進めるものである.ガイアナ,トリニダード・トバゴ,ジャマイカ,バルバドス等のカリブ海諸国や,ニューヨークやマイアミにおいて,44人のカリブ諸国政府高官やビジネス関係者等カリブ海地域出身のカリコム関係者に対し,対面及びビデオ・スカイプによるインタビューを行い,談話分析を行った.調査結果によると,ナショナリズムに影響を受けた人的資源不足に悩むCSME参加国が,CSMEにおける主権争いや利害衝突を引き起こし,結果としてカリコムを形骸化させ政治意思を実現不可能にしていることが明らかになった.しかしながら,グローバル化が進む世界の中,カリコム諸国が生き残るためにCSME達成が最重要であることはCSME参加国間で強い合意に達している.そのため今後必要となるのは, CSME達成に向けた各国に対する技術支援を迅速に行うため,カリコムとCSMEのガバナンスを根底から改善することである.