著者
伊藤 佐枝
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.53, no.2, pp.19-30, 2004-02-10 (Released:2017-08-01)

有島武郎『石にひしがれた雑草』は、<愛>という最も私秘的な感情が、既にその愛する相手自身との関係性によって介入され構築される場合を、<誘惑>というモデルケースで追究した作品である。この小説は三角関係を扱ったものとして「欲望の三角形」図式やホモソーシャリティと関連づけて論じられるが、男主人公「僕」は実はどの男に嫉妬するよりも自分を<誘惑>した女主人公M子自身に嫉妬しており、彼女をめぐってホモソーシャリティや「世間」に執着するのも<誘惑>の結果としてである。本稿は改めて「欲望の三角形」図式にこの事態を位置づけ直す一方、<誘惑される主体>というキーワードを用い、<誘惑>が個人の独立した行為というよりも関係性を表す概念であり、しかし或る行為を<誘惑>と決定するのは受け手個人の主観であるという<誘惑>のパラドックスから、『石にひしがれた雑草』の特質の一端を読み解く事を目指した。
著者
伊藤 佐枝
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.49, no.12, pp.22-30, 2000-12-10

絶えず自作を書き替え続ける作家として志賀直哉を捉えた時、『豊年虫』は『城の崎にて』の書き替えとして読むことができる。十二年間を隔てた両作品は一人旅する作家、秋の温泉地、小動物の死など具体的な風景を共有しながら微妙に視野をずらす。本稿は『范の犯罪』『邦子』という志賀の他作品との関連にも注目しながら、<個>の発見、<書くこと>と<生きること>の関係という二点からこの書き替えを考察した。