- 著者
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井上 千絵美
神先 秀人
南澤 忠儀
伊藤 寛和
- 出版者
- 公益社団法人 日本理学療法士協会
- 雑誌
- 理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
- 巻号頁・発行日
- pp.Ab0693, 2012 (Released:2012-08-10)
【はじめに、目的】 しゃがみ動作は日本の生活において和式トイレ、物を拾う場面、入浴時の洗体などで日常的によく使用される動作である。立ち上がりに関する運動学的分析は数多く報告されているが、しゃがみ動作に関する報告はわずかしかない。本研究の目的は、開脚時ならびに軽度開脚時のしゃがみ動作を椅子への着座動作と運動学・筋電図学的に比較し、その特徴を明らかにすることである。なお、本研究においてはしゃがみ動作を「立位から足底全面を床に着けた状態で、膝関節を最大限屈曲した姿勢になるまでの動作」と定義した。【方法】 対象は、関節障害などの既往のない健常成人男性10名で、平均年齢は21歳(20‐22歳)、身長は172±5.4cm、体重は62.3±5.4kgであった。しゃがみ動作は和式トイレを想定した踵部内側間距離30cmの開脚位でのしゃがみ動作(30cm開脚)、物を拾う場面や入浴時を想定した踵部内側間距離10cmの軽度開脚位でのしゃがみ動作(10cm開脚)の2種類とし、立位から40cm高の椅子への着座動作と比較した。開始肢位は静止立位とし、各々3回ずつ測定した。動作速度は任意とし、上肢は体側に下垂した。動作解析には三次元動作解析装置(VICONMX)を使用した。赤外線反射マーカーセットはPlug-in-gait全身モデルを使用し、サンプリング周波数60Hzで経時的にマーカー座標を記録した。筋活動は表面筋電計を使用し、サンプリング周波数は1KHzとした。被験筋は右側の腰部(L4)脊柱起立筋、外側広筋、大腿二頭筋、前脛骨筋、腓腹筋の計5筋である。動作は頭部のマーカーが前方に移動し始めた時を開始、最も下方に位置した時を終了とした。解析項目は運動中における下肢、体幹、骨盤の最大角度および重心の前後と側方の移動幅である。筋活動に関しては、動作全体を通しての積分値を着座動作の値で正規化した%IEMG、および動作中の平均筋電位を最大収縮時に対する比率(%MVC)として算出した。統計処理は各動作3試行の平均値を用いて反復測定分散分析ならびに多重比較検定を行った。有意水準は5%とした。正規性のない場合はWilcoxon検定にBonferroni法を用いて補正した。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には本研究の目的と方法を口頭と文書により説明し、本研究への参加の同意を得た方に署名を頂いた後、測定を行った。個人情報は本研究でのみ使用し、データから個人を特定できないようにした。【結果】 しゃがみ動作における下肢、体幹、骨盤の最大屈曲角は最終肢位で生じ、30cm開脚位では、股関節91.0°、膝関節151.1°、足関節34.0°、体幹前屈75.9°、骨盤後傾32.5°で、10cm開脚位ではそれぞれ88.7°、153.4°、35.2°、79.1°、32.4°であった。これらはいずれも着座動作よりも有意に大きな値を示した。動作開始時からの重心の平均前方移動幅については、30cm開脚時6.8cm、10cm開脚時6.6cmと着座動作時の2.4cmに比べて約3倍大きくなった。一方、後方移動幅は着座動作時の20.8cmに対し、30cm開脚時0.0cm、10cm開脚時0.2cmとほとんどみられなかった。左右移動幅は30cm開脚で10cm開脚よりも有意に高い値を示した。動作中の平均筋電位は着座動作時と比較してしゃがみ動作時に脊柱起立筋が有意に減少し、前脛骨筋は逆に著明な増加を示した。%IEMGは前脛骨筋がしゃがみ動作時に着座動作と比較して約2.5倍と有意な増加を示した。【考察】 しゃがみ動作の最終肢位(しゃがみ姿勢)は一見大きな股関節屈曲を伴うように見えるが、本研究の結果から健常成人においては90°程度であるとわかった。これは、しゃがみ動作が骨盤の大きな後傾と体幹の前屈を伴うことにより、実際より大きく修飾されて映るためと考えられた。しゃがみ動作で前方への重心移動が増加し、後方移動がほとんどみられなかったのは、着座動作と比較してより多くの体幹の前屈を伴うこと、また動作開始時にすでに重心が後方に位置しており、狭い基底面内で大きな重心移動を行う際に後方への不安定さに対処する必要性が生じたためと考えられた。筋活動では特に動作後半において前脛骨筋の活動量が顕著に増加した。このことから前脛骨筋がしゃがみ動作において下腿を固定し、重心の過度の後方移動を防ぐ重要な働きをしていることが示唆された。【理学療法学研究としての意義】 本研究におけるしゃがみ動作の定量的な分析結果は、臨床において動作観察で得られた情報を解釈する上で有用な知見を提示すると共に、安全なしゃがみ動作の指導に役立てることができると考えられる。