著者
伊藤 純郎
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.147, pp.241-267, 2008-12-25

長野県東筑摩郡『神社誌』は、柳田国男および文部省国民精神文化研究所哲学科助手堀一郎、東京高等師範学校講師和歌森太郎の指導・助言により、東筑摩教育会が昭和一八年度から実施した『東筑摩郡誌別篇』氏神篇編纂事業のなかで作成されたもので、東筑摩郡内の一七一社におよぶ氏子を有する神社である氏神一社ごとに「総記」「神職」「祭」「神社をめぐる氏子生活」「祝殿」の五項目に関する氏子の語りを、東筑摩教育会教員が記録した「神社誌」である。東筑摩郡『神社誌』が平成一八年三月に刊行された国立歴史民俗博物館基幹研究「戦争体験の記録と語りに関する資料論的研究」の『翻刻資料集』二に収録された理由は、『神社誌』が国立歴史民俗博物館基幹研究資料報告書一四『戦争体験の記録と語りに関する資料調査』と同じく「戦争体験の語り」に関する貴重な記録であること、および『神社誌』が戦時下の氏神が果たした機能、戦時下の氏神信仰と祭祀の諸相、氏子制度・隣組・部落会、学校など氏神を支える社会的基盤を考察できる「戦時中に書かれた記録」であることによる。本稿は、右のような問題意識をふまえ、東筑摩郡寿村(現松本市)『神社誌』を対象に、八冊におよぶ寿村『神社誌』の記述を、『戦争体験の記録と語りに関する資料調査』と『神社誌』における話者の語り方の位相に着目しながら、役場・学校所蔵資料などの記録(資料)と語り(記憶)の視点から検討する作業を通じて、『神社誌』の資料論的意義を考察したものである。戦時下の氏神に関する氏子(個人)の語りは、どのようなプロセスをへてムラ(集団)の語りとして記述され、東筑摩郡『神社誌』という記録(資料)に結実したのだろうか。